ニュートリノのかくれんぼ:大きな水槽と加速器でさぐる宇宙のなぞ
みなさんは、かくれんぼをしたことがありますか?友だちが隠れている場所を探すのは楽しいですよね。でも、もし友だちが途中で別の友だちに変身できたらどうでしょう?とても見つけにくくなりますね!
実は、宇宙には「ニュートリノ」という、そんな変身上手な小さな粒子がいるんです。ニュートリノは、とても小さくて、ほとんど何でも通り抜けてしまう「お化け粒子」なんです。あなたの体も、今この瞬間にも、たくさんのニュートリノが通り抜けていますよ!
ニュートリノってどんな粒子?
ニュートリノには、3つの種類(電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノ)があります。これは、3人の友だちがかくれんぼをしているようなものです。
面白いことに、ニュートリノは旅をしながら、ある種類から別の種類に変身することができます!これを「ニュートリノ振動」と呼びます。例えば、ミューニュートリノが出発して、途中で電子ニュートリノに変身することがあるんです。まるで、かくれんぼで青い服を着ていた友だちが、途中で赤い服に着替えたようなものですね!
この変身のルールを知ることは、宇宙の大きな謎を解くカギになるかもしれません。
2つの大きな実験
日本には、ニュートリノを研究する2つの大きな実験があります。
-
スーパーカミオカンデ:岐阜県の地下にある、大きな水のプール(オリンピックの水泳プールの約15倍!)です。宇宙から飛んでくる「大気ニュートリノ」を観測します。これは、大きな水槽に隠れたニュートリノを捕まえる装置です。
-
T2K(ティーツーケー)実験:茨城県のJ-PARCという施設から、ニュートリノを人工的に作って、295km離れたスーパーカミオカンデまで飛ばします。これは、かくれんぼの「鬼」が「もういいかい?」と言って数を数えるようなものです。このニュートリノが何個、どんな種類になって到着するかを調べます。
この2つの実験はどちらも、ニュートリノの変身のルールを調べるために行われています。でも、それぞれ違う方法で観測しているので、別々の情報が得られるんです。
なぜ2つの実験を一緒にするの?
ニュートリノの変身のルールは、6つの数字(マジックナンバー)で表せることが分かっています。この数字を正確に求めるには、いろいろな方法でニュートリノを観測する必要があります。
スーパーカミオカンデとT2K実験は、それぞれ得意なことが違います。例えば:
-
T2K実験:ニュートリノが出発する時間と場所が分かっているので、変身する確率を正確に測れます。特に、「消失」(ミューニュートリノが減る現象)を観測するのが得意です。
-
スーパーカミオカンデ:いろいろな方向から来るニュートリノを観測できるので、「質量階層性」(ニュートリノの重さの順番)を調べるのに適しています。
この2つの実験のデータを一緒に分析すると、どちらか一方だけでは分からなかったことが見えてくるんです!まるで、かくれんぼで2人の「鬼」が協力すると、隠れている友だちを見つけやすくなるようなものですね。
図1の説明: この図は、ニュートリノの変身ルールを表す2つの大切なパラメータ(sin²θ₂₃とδ_CP)の測定結果です。青い線(SK)はスーパーカミオカンデの結果、赤い線(T2K)はT2K実験の結果、そして黒い線(SK+T2K)は2つを組み合わせた結果です。2つの実験が似たような結果を示していることが分かります。
宇宙の大きな謎:粒子と反粒子はなぜ違う?
この研究の一番大きな発見は、CP対称性の破れについての手がかりです。これは難しい言葉ですが、簡単に言うと「粒子と反粒子の振る舞いが少し違う」ということです。
例えると、右手のグローブと左手のグローブは似ていますが、完全に同じではないですよね。同じように、粒子(ニュートリノ)と反粒子(反ニュートリノ)も少し違うかもしれないのです。
図2の説明: この図は、CP対称性の破れを表す「ヤルスコグ不変量」という値を測定した結果です。もしこの値がゼロなら、粒子と反粒子は同じように振る舞います。でも研究チームは、この値がゼロではない(つまり粒子と反粒子は違う振る舞いをする)可能性が高いことを発見しました。
なぜこれが重要かというと、宇宙の始まり(ビッグバン)の時には、粒子と反粒子が同じ数だけあったはずなのに、今の宇宙には粒子がたくさんあって反粒子がほとんどない、という大きな謎があるからです。もし粒子と反粒子の振る舞いが違うなら、この謎を解く手がかりになるかもしれません!
ニュートリノの重さの順番
もう一つの大きな謎は、「質量階層性」と呼ばれるもので、3種類のニュートリノの重さの順番に関するものです。
これは、3人の友だちの身長の順番を調べるようなものです。でも、直接測ることができないので、間接的な方法で調べる必要があります。
この研究では、「正常階層」(ニュートリノ1と2が軽くて、3が重い)の可能性が高いという結果が出ました。
図3の説明: この図は、質量階層性を調べるための統計的なテストの結果です。青い部分(NO)が正常階層、オレンジの部分(IO)が逆階層を表しています。データの値(黒い線)は、正常階層の方に近いことが分かります。
この研究はなぜスゴイの?
この研究は、2つの大きな実験のデータを初めて一緒に分析したものです。それぞれの実験だけでは分からなかったことが、2つを組み合わせることで見えてきました。
特に重要なのは:
-
CP対称性(粒子と反粒子の対称性)が破れている可能性が高いことが分かりました(約2σの信頼度)。
-
質量階層性は「正常階層」である可能性が高いことが分かりました(約1.2σの信頼度)。
σ(シグマ)というのは統計学の用語で、結果の確からしさを表します。値が大きいほど確実性が高いことを意味します。
この研究は、宇宙の大きな謎(なぜ物質がたくさんあるのか?ニュートリノはどのように変身するのか?)に迫る重要な一歩です。
まとめ:この研究でわかったこと
-
ニュートリノは3種類あり、旅をしながら変身することができます。
-
2つの実験(スーパーカミオカンデとT2K)のデータを一緒に分析すると、どちらか一方だけでは分からない新しい発見ができます。
-
粒子と反粒子は同じように振る舞わない可能性が高いことが分かりました(CP対称性の破れ)。
-
3種類のニュートリノの重さの順番は、「正常階層」(1と2が軽くて3が重い)である可能性が高いことが分かりました。
-
これらの発見は、宇宙の謎(なぜ物質がたくさんあるのか?)を解く手がかりになるかもしれません。
この研究は、次の世代のニュートリノ実験に向けた重要な一歩です。将来の実験では、もっと多くのニュートリノを観測して、より詳しく調べることができるでしょう。そして、宇宙の謎がもっと解明されることが期待されています!
原論文の引用情報
K. Abe et al. (Super-Kamiokande Collaboration, T2K Collaboration), "First Joint Oscillation Analysis of Super-Kamiokande Atmospheric and T2K Accelerator Neutrino Data," Phys. Rev. Lett. 134, 011801, Published 2 January, 2025. https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.011801