銀の通り道は変形する?不思議な「記憶」を持つ材料の秘密
みなさんは、学校の廊下で友だちとかけっこをしたことがありますか?廊下の形によって、走り方が変わりますよね。まっすぐな廊下なら一直線に走れますが、曲がり角があれば減速して方向を変えなければいけません。
実は、私たちの身の回りには、とても小さな粒(イオンといいます)が「かけっこ」をしている材料があるんです!今日は、ヨウ化銀という不思議な材料についてお話しします。この材料の中では、銀イオンという小さな粒が高速で動き回っていて、その様子はまるで廊下を走り回る子どもたちのようなんです。
ヨウ化銀って何?なんで特別なの?
ヨウ化銀は銀(Ag)とヨウ素(I)という2種類の元素からできています。普通の温度では、ヨウ素のイオンが作る「お家」の中に銀イオンがじっと座っています。この「お家」は六角形や立方体のような形をしていて、それぞれウルツ鉱型(β相)と閃亜鉛鉱型(γ相)と呼ばれています。
でも、この材料を147℃以上に熱すると、魔法のように変化します!ヨウ素のお家が体心立方格子(bcc)という新しい形に変わり、銀イオンが椅子から飛び出して、お家の中を自由に動き回れるようになるのです。この状態を超イオン伝導相(α相)と呼びます。これは、教室の机と椅子を全部片付けて、広い空間で自由に走り回れるようになったと考えるとわかりやすいかもしれませんね。
図1の説明: この図は温度によってヨウ化銀がどう変わるかを示しています。(a)では銀イオンの動きやすさを表すグラフで、約340Kで急に動きやすくなっています。(b)では温度によって結晶の形がどう変わるか見せています。低温では六角形や立方体の構造ですが、350Kでは少し歪んだ形になり、390Kでは立方体のような規則正しい形になっています。(c)は銀イオンの分布を示していて、350Kでは親の構造によって分布が違いますが、390Kでは同じ分布になっています。
「記憶効果」という不思議な現象
科学者たちが長い間不思議に思っていたことがあります。それは、ヨウ化銀を冷やして元に戻すと、熱する前と同じ形(βかγ)に戻る傾向があるという現象です。これは「記憶効果」と呼ばれています。
これはどういうことかというと、例えば学校の教室を片付けて体育館のように使った後、元に戻すとき、なぜか元の教室の机と椅子の配置を「覚えていて」似たような並びに戻るようなものです。科学者たちは「どうして材料がこんな『記憶』を持っているんだろう?」と長い間考えてきました。
歪んだ家:新発見
今回の研究では、最新のコンピューター技術を使って、ヨウ化銀の中で何が起きているかを詳しく調べました。すると驚くべきことがわかりました!
これまで科学者たちは、超イオン伝導相では必ず「体心立方格子」という完全に対称的な形になると考えていました。でも実際には、温度によっては歪んだ正方晶系という少し変形した形になることがわかったのです!
これは、きれいに整理された教室(対称的な形)と、少し乱れた配置の教室(歪んだ形)の両方が存在できるということです。しかも、この2つの形のエネルギー差はとても小さく、わずか数meV/原子しかありません。これは、ほんの少しのエネルギーで形を変えられることを意味しています。
図2の説明: この図はX線をあてたときの回折パターンを示しています。350Kでは歪んだ構造の特徴的なピークが見られます。390Kになっても、元の構造(ウルツ鉱型か閃亜鉛鉱型か)によって、パターンに違いが残っています。これが「記憶効果」の証拠です。
銀イオンのかけっこは形によって変わる
研究チームは、コンピューターシミュレーションを使って、銀イオンがどのように動き回るかも調べました。すると、歪んだ形の構造では、銀イオンの動き方にも特徴があることがわかりました。
通常の対称的な形(bcc構造)では、銀イオンは四面体位置という特定の場所を好んで通りますが、どの場所も同じように使います。ところが、歪んだ形では、銀イオンが通る道に好みがあるのです!ある道はよく使われますが、別の道はあまり使われません。
これは、学校の廊下で「よく使われる通路」と「あまり使われない通路」があるようなものです。そして面白いことに、この「通り道の好み」は、元の低温相(βかγか)によって違うパターンになることがわかりました。これが「記憶効果」の正体かもしれません!
図3の説明: この図は、結晶の形がどれくらいの時間で変化するかを示しています。上のパネルでは、結晶の各辺の長さの変化を時間とともに見せています。350Kと365Kでは、長い辺の方向が時々入れ替わりますが、初期状態の影響が残っています。390Kではほぼ同じ長さになりますが、完全には均一になりません。下のパネルでは、歪みとエネルギーの関係を示していて、350Kでは歪んだ構造が多く、390Kでは立方体構造が多いことがわかります。
なぜこの研究は重要なの?
この研究は、ヨウ化銀という材料の中で起きている複雑な現象を理解するのに役立ちます。でも、それだけではありません。実は、この研究は固体電池という未来の電池にも関係しているんです!
最近、電気自動車やスマートフォンなどの電池として、「固体電池」というものが注目されています。これは液体を使わない、より安全で長持ちする電池です。ヨウ化銀はこの固体電池の基本的なモデルとして研究されています。
今回の発見は、イオンが材料の中をどのように動くかをより深く理解するのに役立ちます。それによって、より良い電池を作る手がかりになるかもしれないのです!
まとめ:この研究でわかったこと
- ヨウ化銀を熱すると、銀イオンが自由に動き回れるようになります。
- 超イオン伝導相には、完全に対称的な体心立方格子(bcc)構造だけでなく、歪んだ正方晶系構造もあることがわかりました。
- この2つの構造は、ほんの小さなエネルギー差しかなく、両方が現れる可能性があります。
- 銀イオンの動き方のパターンは、元の低温相の影響を受けます(記憶効果)。
- この現象を理解することで、固体電池などの開発に役立つ可能性があります。
原論文の引用情報
Hajibabaei, A., Baldwin, W. J., Csányi, G., & Cox, S. J. (2025). Symmetry Breaking in the Superionic Phase of Silver Iodide. Physical Review Letters, 134, 026306. https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.026306