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細菌の鎧をまねして、お薬をつくろう!

みなさんは、おもちゃのレゴブロックで遊んだことがありますか?小さなブロックをつなげて、大きな作品を作りますよね。今日紹介する研究は、とっても小さな「糖(さとう)のブロック」をつなげて、細菌の鎧(よろい)をまねて作る研究なんです!

この研究では、科学者たちが黄色ブドウ球菌(おうしょくブドウきゅうきん)という細菌の表面にある特別な糖の鎖を化学の力で作り出しました。そして、その糖の鎖を使って、わたしたちの体の中の免疫軍隊を訓練する方法を発見したのです!

黄色ブドウ球菌って何者?

黄色ブドウ球菌は、わたしたちの皮膚や鼻の中にもいる細菌です。普段はおとなしくしていますが、傷口から体の中に入ると、とても危険な感染症を引き起こすことがあります。特に、病院で治療を受けている人や、お年寄り、赤ちゃんにとっては大きな脅威です。

最近では、抗生物質(こうせいぶっしつ)という細菌をやっつけるお薬が効かないスーパー細菌も現れていて、科学者たちは新しい治療法を探しています。その一つが、今回紹介するワクチンです!

図1:黄色ブドウ球菌と莢膜多糖の構造

図1の説明: この絵は黄色ブドウ球菌の表面にある特別な糖の鎖、「莢膜多糖」(きょうまくたとう)の構造を示しています。左側がCP5型、右側がCP8型です。どちらも3つの珍しい糖からできていますが、つながり方や飾りが少し違います。

細菌のスーパー防具「莢膜」とは?

黄色ブドウ球菌は、体の中で生き残るために表面に特別な莢膜(きょうまく)という層を作ります。この莢膜は糖の鎖でできていて、まるで細菌が着る「雨ガッパ」や「鎧(よろい)」のようなものです。

この鎧のおかげで、黄色ブドウ球菌は私たちの体の白血球(はっけっきゅう)から身を守ることができます。白血球は体の中の警察官のような細胞で、悪い細菌を見つけて食べてしまう役割があります。でも、莢膜の鎧を着た細菌は、白血球に見つかりにくくなるのです!

科学者たちは、この莢膜の正体であるCP8(シーピーエイト)という糖の鎖に注目しました。CP8は3つの特別な糖が連なった繰り返し単位(くりかえしたんい)からできています。もし私たちがこの糖の鎖を人工的に作れたら、体の免疫軍隊にCP8を見分ける訓練ができるかもしれません!

糖の鎖を化学の力で作る大冒険!

CP8の糖の鎖を作るのは、とても難しい挑戦です。それは、レゴブロックを目をつぶって正確につなげるようなものです!

科学者たちは、まず3つの単糖(たんとう)というブロックを用意しました:

  • ManNAcA:特別な酸性の糖で、表面に酢酸(さくさん)の飾りがついています
  • l-FucNAc:左向きのフコサミンという珍しい糖
  • d-FucNAc:右向きのフコサミンという珍しい糖

これらの糖を正確につなげるには、とても繊細なグリコシル化(ぐりこしるか)という化学反応を使います。まるで、魔法の接着剤で糖同士をくっつけるようなものです!

図2:以前に合成されたCP8の糖鎖と今回合成した12糖

図2の説明: この絵は、これまでに作られたCP8の糖鎖(上の部分)と、今回の研究で作られた12個の糖がつながった長い鎖(下の部分)を比較しています。以前の研究では3つの糖だけの短い鎖しか作れませんでしたが、今回はとても長い鎖の合成に成功しました!

糖鎖の長さは大事!短すぎると認識されない

科学者たちは、3つの糖からなる3糖から始めて、6つの糖の6糖、9つの糖の9糖、そして12個の糖の12糖まで、いろいろな長さの糖鎖を作りました。

作った糖鎖はCRM197(シーアールエム)というタンパク質とくっつけて、結合体(けつごうたい)を作りました。これは、糖鎖だけでは体の免疫軍隊に見つけてもらいにくいからです。タンパク質という大きな「旗」をつけることで、免疫軍隊の目に留まりやすくなります。

そして、これらの結合体が抗体(こうたい)という免疫タンパク質にどれだけ認識されるか調べました。抗体は体の中で細菌を見つけて攻撃する「ミサイル」のようなものです。

図3:合成した糖鎖の抗体による認識

図3の説明: この実験結果から、糖の鎖の長さによって抗体にどれだけ認識されるかが違うことがわかります。3糖(一番短い鎖)はほとんど認識されませんが、9糖と12糖(長い鎖)はとてもよく認識されました。また、ManNAcAの酢酸の飾りを取り除くと(3-deAcとラベルされた棒グラフ)、認識されなくなることもわかりました。

糖鎖は「くねくね」じゃなく「まっすぐ」!

科学者たちは、なぜ長い糖鎖のほうが抗体によく認識されるのか調べるために、糖鎖の立体構造(りったいこうぞう)を分析しました。

すると驚いたことに、CP8の糖鎖はスパゲッティのようにくねくねしているのではなく、まっすぐに伸びていることがわかったのです!しかも、それぞれの3糖単位は90度ずつ回転していて、らせん階段のような構造になっていました。

さらに、糖鎖の表面にはアセチル基(あせちるき)という飾りがついています。これらの飾りは、みんな同じ方向に並んでいて、糖鎖の片側に疎水性(そすいせい)(水をはじく性質)のある部分を作っていました。この特徴が、抗体が糖鎖を認識するのに重要だったのです!

図4:糖鎖の立体構造分析

図4の説明: この絵は、3糖(A)と9糖(B)の立体構造を分析した結果です。上の部分は実験データで、下の部分は糖鎖の形を示しています。9糖は約35Åの長さがあり、3つの3糖単位がそれぞれ90度ずつ回転してつながっています。また、アセチル基は糖鎖の同じ側に並んでいることもわかります。

マウスを使った実験:長い糖鎖が強い免疫応答を引き出す

最後に、科学者たちは合成した糖鎖がワクチンとして働くかどうかを確かめるために、マウスを使った実験を行いました。

5つのグループのマウスに、3糖、6糖、9糖、12糖の結合体と、比較のために本物の黄色ブドウ球菌から取り出したCP8の結合体を注射しました。そして、マウスの体内でどれだけIgG抗体(アイジージーこうたい)が作られるか調べました。

結果は明らかでした!3糖結合体はほとんど抗体を作りませんでしたが、9糖と12糖の結合体は本物のCP8と同じくらいたくさんの抗体を作りました。これは、長い糖鎖のほうが体の免疫系によく認識されることを示しています。

図5:マウスの免疫実験の結果

図5の説明: この図は、マウスに糖鎖結合体を注射した実験のスケジュール(A)と結果(B)を示しています。グラフを見ると、3糖(オレンジ)は抗体があまり作られませんが、9糖(緑)と12糖(紫)は天然のCP8(青)と同じくらいたくさんの抗体が作られたことがわかります。

この研究はなぜすごいの?

この研究のすごいところは、3つあります:

  1. 化学合成の技術革新:とても複雑な糖鎖を正確に化学合成する方法を開発したこと
  2. 構造と機能の関係解明:糖鎖の長さと形が免疫応答にどう影響するか解明したこと
  3. ワクチン開発への応用:合成糖鎖を使った新しいワクチンの可能性を示したこと

この研究は、黄色ブドウ球菌に対する新しいワクチンの開発につながる可能性があります。特に、抗生物質が効かない耐性菌(たいせいきん)が問題になっている今、新しいワクチンの開発はとても重要です。

まとめ:この研究でわかったこと

  1. 黄色ブドウ球菌の表面にはCP8という糖の鎖があり、これが細菌の鎧として働いています。
  2. 科学者たちは化学の力で、3つの糖の繰り返し単位から、3糖、6糖、9糖、12糖の人工的な糖鎖を作りました。
  3. 糖鎖はまっすぐに伸びた形をしていて、アセチル基という飾りが同じ方向に並んでいます。
  4. 長い糖鎖(9糖以上)抗体によく認識され、マウスの体内でも強い免疫応答を引き起こしました。
  5. ManNAcAの酢酸の飾りは抗体の認識に重要で、これを取り除くと認識されなくなります。
  6. この研究は、黄色ブドウ球菌に対する新しいワクチンの開発につながる可能性があります。

原論文の引用情報

Østerlid, K.E., Sorieul, C., Unione, L., Li, S., García-Sepúlveda, C., Carboni, F., Del Bino, L., Berni, F., Arda, A., Overkleeft, H.S., van der Marel, G.A., Romano, M.R., Jiménez-Barbero, J., Adamo, R., & Codée, J.D.C. (2025). Long, Synthetic Staphylococcus aureus Type 8 Capsular Oligosaccharides Reveal Structural Epitopes for Effective Immune Recognition. Journal of the American Chemical Society. Published online January 10, 2025. https://doi.org/10.1021/jacs.4c16118

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