分子のゆがみが電子の動きを速くして酸素の変身を助ける
みなさんは、かけっこをするとき、まっすぐ立ったままより、少し前かがみになると速く走れることを知っていますか?実は、目に見えない小さな世界の「分子」たちも、体を少し曲げると、お仕事がもっと上手にできるようになるんです!
今日は、鉄フタロシアニン(てつフタロシアニン)という名前の分子についてお話しします。この分子は、空気中の酸素を水に変える「魔法使い」のような役割をしています。この魔法は、酸素還元反応(さんそかんげんはんのう)と呼ばれ、未来のきれいなエネルギーを作る電池に大切なお仕事なんです。
分子が「前かがみ」になると何が起きるの?
科学者たちは、鉄フタロシアニンが平らなときと、曲がっているときで、どのように働くか調べました。まず、コンピューターを使って実験をしました。
鉄フタロシアニンは、真ん中に鉄があり、その周りを窒素や炭素という原子が囲んでいます。まるで、鉄の王様が、家来たちに囲まれているようなかたちです。
科学者たちは、この分子が平らなお皿のようなときと、小さなトンネルの壁のように曲がっているときでは、どう違うか調べました。すると、曲がっている分子は、電子(でんし)という小さな電気の粒が動きやすくなることがわかりました。
電子は、酸素を水に変える魔法には欠かせない「魔法の杖」のようなものです。電子が速く動くと、魔法もより速く起こります!
図1の説明: この絵は、分子の形とその中の原子の様子を示しています。上の図(a)は、窒素原子のエネルギーレベルを示しています。平らな分子(左)と曲がった分子(右)では、エネルギーレベルが少し違います。下の図(b)は、分子の形を表しています。オレンジ色が鉄原子、青色が窒素原子、灰色が炭素原子、白色が水素原子です。(c)は、研究用の小さな分子モデルです。(d)は、異なる電圧でのエネルギー変化を示し、(e)は酸素が水に変わる途中の形を示しています。
酸素が水になるまでの「魔法の旅」
酸素が水になるには、いくつかの変身ステップがあります。魔法使い(鉄フタロシアニン)は、この変身を手伝います。
まず、酸素(O₂)が鉄フタロシアニンにくっつきます。これは、魔法使いが酸素をつかまえた状態です。次に、電子と水素イオン(水素の小さな粒)が加わり、酸素はだんだん変化していきます。
平らな分子と曲がった分子では、変身の難しいステップが違うのです。平らな分子では、最初に酸素をつかまえるのが一番難しいステップです。でも、曲がった分子では、最後に水を離すステップが一番難しくなります。
これは、まるで二人の料理人がケーキを作るようなものです。一人目の料理人は材料を集めるのが苦手で、二人目の料理人は完成したケーキをお皿に乗せるのが苦手なのと似ています。
図2の説明: この図は、酸素が水に変わる途中の段階で、物質が分子にどれくらい強くくっつくかを示しています。オレンジ色の点はOH(水酸基)とO(酸素原子)の結合の強さを表し、緑色の点はOH(水酸基)とOOH(ヒドロペルオキシル基)の結合の強さを表しています。丸は一般的な金属触媒、ひし形は窒素が入った炭素の中の鉄(Fe-NDG)、白丸は平らな鉄フタロシアニン、白三角は曲がった鉄フタロシアニンを示しています。
実際に曲がった分子を作ってみよう
コンピューターでの実験がうまくいったので、科学者たちは実際に曲がった鉄フタロシアニンを作ることにしました。どうやって分子を曲げるのでしょうか?
彼らは、カーボンナノチューブという、とても細い筒状の炭素の材料を使いました。この筒の直径がとても小さい(1~2ナノメートル、髪の毛の約5万分の1)ものを単層カーボンナノチューブ(SWCNT)と呼びます。
鉄フタロシアニンをこの細い筒の表面にくっつけると、分子はその曲面に合わせて曲がります。まるで、平らなシールを鉛筆に貼ると、シールが鉛筆の丸い形に沿って曲がるようなものです。
比較のために、科学者たちは太い筒(直径約50ナノメートル)の多層カーボンナノチューブ(MWCNT)も使いました。この太い筒では、鉄フタロシアニンはほとんど曲がりません。それは、大きなバケツに小さなシールを貼っても、シールがほとんど平らなままなのと同じです。
図3の説明: この図は、実際に作られた分子の特徴を示しています。(a)は、曲がった鉄フタロシアニンと平らな鉄フタロシアニンの図解です。(b)は、C(炭素)、Fe(鉄)、N(窒素)の分布を示す地図のような画像です。(c)~(g)はさまざまな測定結果で、曲がった鉄フタロシアニンと平らな鉄フタロシアニンの違いを示しています。(g)のラマンスペクトルでは、曲がった鉄フタロシアニン(FePc/SWCNT)に特別な山(270 cm⁻¹)があることがわかります。これは分子が曲がっている証拠です。
曲がった分子は酸素変身の名人!
さあ、いよいよ曲がった分子と平らな分子のお仕事比べです!科学者たちは、両方の分子を使って酸素を水に変える実験をしました。
結果はどうだったでしょう?予想通り、曲がった鉄フタロシアニン(FePc/SWCNT)が一番上手に酸素を水に変えることができました!
酸素変身の速さを「半波電位」(E₁/₂)という数字で表すと、曲がった鉄フタロシアニンは0.952Vでした。これは、平らな鉄フタロシアニン(0.879V)や、今まで一番良いと思われていた白金(Pt/C、0.872V)よりもずっと高い値です。
また、ターフェルスロープという、別の速さを表す数字も測りました。これは、数字が小さいほど速いことを意味します。曲がった鉄フタロシアニンは35.7 mV dec⁻¹で、平らな鉄フタロシアニン(56.4 mV dec⁻¹)や白金(110.6 mV dec⁻¹)よりもずっと速かったのです!
図4の説明: この図は、酸素を水に変える実験の結果を示しています。(a)は、電流-電圧曲線で、曲がった鉄フタロシアニン(FePc/SWCNT)が一番良い性能を示しています。(b)は、電子転移数と過酸化水素の生成量を示し、(c)はターフェルスロープ(反応の速さを表す指標)を示しています。曲がった鉄フタロシアニンのターフェルスロープが最も小さく、最も速いことがわかります。(d)は、他の研究との比較で、私たちの曲がった鉄フタロシアニンが最も高い性能を持つことを示しています。(e)と(f)は、長時間の安定性試験の結果で、曲がった鉄フタロシアニンが白金よりも安定していることを示しています。
曲がった分子で作る「スーパー電池」
最後に、科学者たちは曲がった鉄フタロシアニンを使って、亜鉛-空気電池という特別な電池を作りました。この電池は、亜鉛と空気中の酸素を使ってエネルギーを作り出します。
この電池のすごいところは、たくさんのエネルギーを作り出せることです。曲がった鉄フタロシアニンを使った電池は、最大出力密度が350.6 mW cm⁻²でした。これは、白金を使った電池(137.6 mW cm⁻²)の2.55倍もの力を出せるということです!
また、この電池は長時間使っても性能が落ちにくく、100時間使い続けてもほとんど変化がありませんでした。一方、白金を使った電池は100時間で17.5%も性能が落ちてしまいました。
この研究で開発された電池は、発光ダイオード(LED)ディスプレイを光らせることもできました。将来、このような技術が発展すれば、もっと長持ちするクリーンな電池ができるかもしれません。
図5の説明: この図は、亜鉛-空気電池の構造と性能を示しています。(a)は電池の構造図、(b)は充電と放電の曲線、(c)は開回路電圧(電池の力)を示しています。(d)は放電と出力密度の曲線で、曲がった鉄フタロシアニンが白金より優れていることがわかります。(e)と(f)はさまざまな条件での放電性能を示し、(g)は100時間の耐久性試験の結果を示しています。曲がった鉄フタロシアニンを使った電池は、100時間後もほとんど性能が低下していません。(h)は、この電池でLEDディスプレイを光らせている様子です。
この研究はなぜスゴイの?
この研究がすごいのは、分子を「曲げる」という簡単なアイデアで、酸素を水に変える反応がこんなに良くなることを発見したことです!
今まで、科学者たちは白金(プラチナ)のような高価で資源の少ない金属を使って酸素還元反応を行っていました。でも、この研究では、鉄という安価で豊富な金属を使った分子を、ただ曲げるだけで性能を大幅に向上させることができました。
さらに、この曲がった分子は長時間使っても壊れにくく、白金よりも安定しています。これは、電池などの実用化に向けて非常に重要な特性です。
この研究は、未来のクリーンエネルギー技術、特に燃料電池や金属-空気電池の性能を大きく向上させる可能性があります。これらの技術が発展すれば、環境にやさしい電気自動車や家庭用の電源システムがもっと普及するかもしれません。
まとめ:この研究でわかったこと
- 鉄フタロシアニンという分子は、酸素を水に変える「魔法使い」(触媒)として働きます。
- この分子を曲げると、「魔法」(酸素還元反応)がもっと速く起こるようになります。
- 分子を曲げるには、とても細い単層カーボンナノチューブを使います。
- 曲がった分子は、電子の移動が速くなり、特に最後の反応ステップが改善されます。
- 曲がった分子を使うと、白金という高価な金属よりも性能の良い触媒ができます。
- この曲がった分子を使った亜鉛-空気電池は、高い出力と長い寿命を持ちます。
- この技術は、未来のクリーンエネルギー開発に大きく貢献する可能性があります。
原論文の引用情報
Musgrave III, C. B., Su, J., Xiong, P., Song, Y., Huang, L., Liu, Y., Li, G., Zhang, Q., Xin, Y., Li, M. M.-J., Kwok, R. T. K., Lam, J. W. Y., Tang, B. Z., Goddard III, W. A., & Ye, R. (2025). Molecular Strain Accelerates Electron Transfer for Enhanced Oxygen Reduction. Journal of the American Chemical Society. https://doi.org/10.1021/jacs.4c16637