原子たちのストライプパレード
みなさんは、運動会で行進したことがありますか?みんなが整列して、きれいな隊形を作りますよね。実は、とっても小さな原子たちも、特別な条件では「ストライプ」と呼ばれる行列のようなものを作ることがあるんです!でも普通の状態では、原子たちはおもちゃ箱をひっくり返したように、バラバラに動き回っています。
科学者たちは、この「ストライプ」が「超伝導」という、電気がスイスイ流れる不思議な現象と関係があると考えています。でも、実際に原子たちがどうやってストライプを作るのか、直接見ることはとても難しかったのです。
特別な「量子シミュレータ」でストライプを観察しよう
科学者たちは、とても冷たい原子を使った「量子シミュレータ」という特別な実験装置を作りました。これは、小さな原子たちを「光の格子」という目に見えない網の上に並べて、その動きを観察する装置です。まるで、透明なおはじきの上に小さなビー玉を置いて、その動きを観察するようなものです。
この実験では、科学者たちはリチウムという元素の原子を使いました。そして、「混合次元」という特別なルールを作りました。これは、縦方向には原子が自由に動けるけど、横方向には動きにくくしたのです。運動場に例えると、縦のラインは走りやすいけど、横のラインには障害物があって走りにくい、というような状態です。
「混合次元」でストライプができやすくなる理由
普通の状態では、原子たちは自由に動き回るのが好きで、きれいな列を作るのは難しいのです。それは、「キネティックエネルギー」(動きたいエネルギー)と「磁気エネルギー」(並びたいエネルギー)のバランスが取れていないからです。
これを小学校の給食当番に例えてみましょう。みんなが好き勝手に動きたいのに、先生が「きちんと列を作って配膳しなさい」と言っているような状態です。でも、先生の声が小さくて、みんながその指示に気づかないと、バラバラになってしまいますよね。
「混合次元」にすると、横方向に動きにくくなるので、「キネティックエネルギー」が小さくなります。すると、「磁気エネルギー」の声が聞こえやすくなって、原子たちが縦に並ぶことができるようになるのです!
図1の説明: この絵は、普通の状態と混合次元状態の違いを示しています。上の絵(a)では、原子の「穴」(ホール)が小さな領域内を動き回っています。これは磁気ポーラロンと呼ばれる状態です。下の絵(b)では、混合次元にすることで、横方向の動きが制限されて、穴が縦に並んでストライプを形成しています。一番下(c)は実験で撮った実際の写真で、赤い点と青い点が原子、紫の点は二つの原子が重なった場所です。緑の四角はストライプのような構造を示しています。
原子の「穴」同士が友達になる
この実験では、科学者たちは原子がいない場所、つまり「穴」(ホール)に注目しました。普通の状態では、これらの穴は反発し合います。それは、クラスの席で「隣に座りたくない友達」がいるようなものです。
でも混合次元にすると、穴同士が友達になって、くっつく傾向が出てきました!科学者たちは、穴と穴の間の「相関」(関係性)を測定して、これを確かめました。
特に面白いのは、穴が単に二つくっつくだけでなく、もっと長い「ストライプ」構造を作る傾向があることです。これは、二人で遊ぶだけでなく、大勢でパレードのような行列を作るようなものです。
図2の説明: この図は、穴同士の関係性を示しています。上の絵(a)は穴同士の「相関マップ」です。緑色の場所は穴同士が引き合う場所、茶色の場所は反発する場所を示しています。特に縦方向(y方向)に引力があることがわかります。下の絵(b)では、縦方向(濃い緑)と横方向(薄い緑)の相関の違いを示しています。小さな絵は普通の2次元系での結果で、どちらの方向も反発しています。右側の絵(c,d)は、穴の量(ドーピング量)を変えたときの相関の変化を示しています。
長いストライプ構造の発見
科学者たちは、単に穴同士の関係だけでなく、もっと複雑な関係も調べました。例えば、「穴のペア」と「別の穴」の関係や、「穴のペア」と「別の穴のペア」の関係などです。これは、「二人組」と「もう一人の友達」の関係や、「二人組」と「別の二人組」の関係を調べるようなものです。
その結果、穴が縦方向に長い「ストライプ」を作る傾向があることがわかりました。これは、運動会で縦列に並んだクラスが、隣のクラスとは少し離れているような状態です。
図3の説明: この図は、より複雑な関係性を調べた結果です。上の絵(a)は、「ペア-穴」、「ペア-ペア」、「穴-穴-穴」という三つの相関関係を図で表しています。真ん中の絵(b,c)は「ペア-穴」と「ペア-ペア」の相関マップで、縦方向に引力があることを示しています。一番下の絵(d)は「穴-穴-穴」の三点相関で、これも縦方向に穴が並ぶ傾向があることを示しています。
ストライプはどれくらいの長さ?
それでは、このストライプはどれくらいの長さになるのでしょうか?科学者たちは、実験データを使って「ストライプの長さ」を調べました。
ストライプを定義するために、「縦方向につながった穴の列」を探しました。これは、運動会で縦に並んだときに、前の人と後ろの人がきちんとつながっているかどうかを確認するようなものです。
その結果、混合次元の場合は、長いストライプが見つかる確率が高いことがわかりました。一方、普通の2次元の場合は、長いストライプはほとんど見つかりませんでした。これは、混合次元にすることで、本当にストライプが形成されていることを示す証拠です!
図4の説明: この図は、ストライプの長さの分布を示しています。上の絵(a)は、混合次元系(緑)と普通の2次元系(茶色)での、長さℓ以上のストライプが見つかる確率を示しています。灰色の線はランダムに穴を配置した場合の確率です。混合次元系では長いストライプが見つかる確率が高いことがわかります。下の絵(b)は、ランダム分布との差を穴の量(ドーピング量)ごとに示しています。穴の量が増えるほど、長いストライプができやすくなることがわかります。
スピンの向きに現れるストライプの影響
原子には「スピン」という小さな磁石のような性質があります。これは、コンパスの針が北を指すように、上か下かの向きを持っています。普通は、原子のスピンは「反強磁性」というパターンを作ります。これは、将棋盤のように、上向きと下向きが交互に並ぶパターンです。
でも、ストライプができると、このパターンに変化が起きます。ストライプを境界として、スピンのパターンが反転するのです!これは、運動場の白線を境に、北を向いていた人たちが南を向くようなものです。
科学者たちは、このスピンの変化を測定することで、ストライプの存在をさらに確認しました。
図5の説明: この図は、スピンの相関関係を示しています。上の絵(a)は、穴からの距離によってスピン相関がどう変わるかを示しています。穴を挟んで横方向のスピン相関が負になる(パターンが反転する)ことがわかります。下の絵(b)は、普通のスピン相関(薄緑)と「ストリング」スピン相関(濃緑)を比較しています。ストリング相関では符号が逆転し、これはストライプによるスピンパターンの反転を示しています。
この研究はなぜスゴイの?
この研究は、高温超伝導体という特別な物質の謎を解くための大きな一歩です。高温超伝導体は、電気抵抗がほぼゼロになる不思議な物質で、将来のエネルギー問題を解決する可能性を秘めています。
今までは、超伝導体の中でストライプがどのように形成されるのか、直接見ることができませんでした。でも今回の実験で、科学者たちは冷却原子を使って、ストライプが形成される様子を初めて詳しく観察することに成功したのです!
特に「混合次元」という新しい考え方を使うことで、ストライプがどのように形成されるのかを明らかにしました。これは最近発見された新しい超伝導体「ニッケル酸化物」の理解にもつながる重要な発見です。
まとめ:この研究でわかったこと
- 冷却原子の「量子シミュレータ」を使って、「ストライプ」と呼ばれる構造の形成を観察しました。
- 「混合次元」という特別な設定を使うことで、ストライプの形成を促進しました。
- 原子の「穴」(ホール)同士が引き合って、縦方向に「ストライプ」を形成することがわかりました。
- ストライプを境界として、原子の「スピン」パターンが反転することも確認しました。
- この研究は「高温超伝導」という現象の理解に役立つ重要な発見です。
- 「混合次元」の考え方は、新しいタイプの超伝導体「ニッケル酸化物」の性質を理解する手がかりになります。
原論文の引用情報
Bourgund, D., Chalopin, T., Bojović, P., Schlömer, H., Wang, S., Franz, T., Hirthe, S., Bohrdt, A., Grusdt, F., Bloch, I., & Hilker, T. A. (2025). Formation of individual stripes in a mixed-dimensional cold-atom Fermi–Hubbard system. Nature, 637, 57–62. https://doi.org/10.1038/s41586-024-08270-7