ぎゅうぎゅう詰めで変わる魔法の金属の性質
みなさんは、満員電車に乗ったことがありますか?人がぎゅうぎゅうに詰まると、みんな動きにくくなりますよね。実は、物質の世界でも「ぎゅうぎゅう度」(密度といいます)によって、性質が大きく変わることがあるんです!今日は、「アンチモン」という魔法の金属について、ぎゅうぎゅう度が変わるとどんな不思議なことが起きるのか見ていきましょう。
変身する魔法の金属「アンチモン」
アンチモンは、とっても不思議な金属です。通常の金属は溶かして冷やすと、きれいな結晶になります。でも、アンチモンをとても速く冷やすと、「ガラス状態」という特別な姿に変身します。この変身能力を利用して、データを記録するメモリーや、光を操る装置を作ることができるんです。
この変身する材料を「相変化材料」と呼びます。「相」というのは物質の状態のことで、水で例えると「氷」「水」「水蒸気」が違う相になります。アンチモンは「結晶」と「ガラス状態」という相の間を行ったり来たりできるのです。
科学者たちは、このアンチモンをもっと小さな装置に使いたいと考えています。小さな装置では少ないエネルギーで動かせるので、地球にやさしいコンピューターが作れるかもしれないのです。
ぎゅうぎゅう詰めると何が変わるの?
科学者たちは、「コンピューターでの仮想実験」(シミュレーション)を使って、アンチモンをいろいろな「ぎゅうぎゅう度」で調べました。まるでレゴブロックを少し離して並べたり、ぎゅうぎゅうに詰めて並べたりするようなものです。
すると驚いたことに、ぎゅうぎゅう度が変わるだけで、アンチモンの性質がガラッと変わることがわかりました!特に、「電気の通りやすさ」や「光の反射のしかた」が大きく変化したのです。
電気の通りやすさが変わる!
科学者たちは、アンチモンの中の電子(電気を運ぶ小さな粒)がどのように動けるか調べました。
図1の説明: 上の絵は、いろいろなぎゅうぎゅう度のアンチモンを調べた実験のグラフです。色の違いは、ぎゅうぎゅう度の違いを表しています。白い線は、他の研究者たちが報告した値です。(a)は電子がどのエネルギーにどれだけいるかを示しています。(b)は、温度とぎゅうぎゅう度によって、電子の数がどう変わるかを示しています。ぎゅうぎゅう度が高いほど、電子が多くなり、電気が通りやすくなることがわかります。
簡単に言うと、アンチモンの中の電子は「電気を運ぶ配達員」のようなものです。ぎゅうぎゅう度が低いと、配達員の数が少なくなり、電気は通りにくくなります。逆に、ぎゅうぎゅう度が高いと、配達員がたくさんいるので、電気はよく通るようになるのです!
低いぎゅうぎゅう度のアンチモンを冷やすと、電子の数が急に減ります。これは、寒くなると配達員が家に帰ってしまうようなものです。でも、ぎゅうぎゅう度が高いと、寒くなっても配達員はあまり減りません。
光の反射と吸収も変わる!
次に、科学者たちはアンチモンに光を当てたときの反応を調べました。
図2:密度の上昇によって1550nmでの光学的コントラストが増加する
図2の説明: この絵は、アンチモンに光を当てたときの反応を示しています。(a)と(c)は光の吸収と反射を表しています。色の違いはぎゅうぎゅう度の違いで、黒い点線は結晶状態のアンチモンです。(b)と(d)は、特定の波長(1550nm)の光に対する反応が、温度とぎゅうぎゅう度でどう変わるかを示しています。
これを分かりやすく例えると、アンチモンは「光の跳ね返し名人」です。ぎゅうぎゅう度が低いと、光をあまり跳ね返しません。でも、ぎゅうぎゅう度が高くなると、光をよく跳ね返すようになります。
特に面白いのは、あるぎゅうぎゅう度と温度の組み合わせでは、ガラス状態と結晶状態の区別がつかなくなることです。これは、変装の名人がある衣装を着ると、別の人と見分けがつかなくなるようなものです。
魔法の金属が固まる瞬間
科学者たちは、アンチモンが液体から固体に変わる過程も詳しく調べました。
図3の説明: この図は、アンチモンが冷えて固まる様子を示しています。縦軸はエネルギー、横軸は温度です。暗い線は冷却中の変化を表しています。アンチモンは約500Kで「ガラス転移」という変化を始めます。その後、さらに冷えると完全に固まります。挿入図は、一定温度にしたときの変化を示しています。
これは、お湯が冷えて氷になる様子に少し似ています。でも普通の氷と違って、アンチモンのガラス状態は「急いで固めた氷」のようなもので、分子がきれいに並んでいません。科学者たちは、この「急いで固める」過程を詳しく調べました。
アンチモンは約500K(約230℃)くらいから「ガラス転移」と呼ばれる変化を始めます。これは、流れるプリンがだんだん固まっていくようなものです。さらに冷えると、約270K(約0℃)でほぼ完全に動きが止まります。
原子たちの「手つなぎパターン」
科学者たちは、アンチモンの原子がどのように並んでいるかも調べました。
図4の説明: この絵は、アンチモンの原子がどのように手をつないでいるかを示しています。(a)-(c)は、6つの隣の原子までの距離を表しています。(d)は、長い手つなぎと短い手つなぎの比率(ALBLR)が温度とぎゅうぎゅう度でどう変わるかを示しています。
これを分かりやすく例えると、アンチモンの原子たちは「手つなぎゲーム」をしているようなものです。ぎゅうぎゅう度が低いと、各原子は6人の友達と手をつなぎますが、3人とは「近くで」、残りの3人とは「遠くで」手をつなぎます。これを「パイエルス歪み」と呼びます。
しかし、ぎゅうぎゅう度が高くなると、この「近い・遠い」の区別がなくなり、6人全員と似たような距離で手をつなぐようになります。まるで、混雑した電車の中では全員と同じような距離になるようなものです。
この「手つなぎパターン」の変化が、先ほどの「電気の通りやすさ」や「光の反射」の変化と深く関係しているのです!
この研究はなぜスゴイの?
この研究は、とても小さなコンピューターメモリーや光を操る装置を作るのに役立ちます。
今までの研究では、アンチモンの「ぎゅうぎゅう度」があまり注目されていませんでした。でも、この研究で「ぎゅうぎゅう度」を変えるだけで、アンチモンの性質が大きく変わることがわかりました。
将来、科学者たちはアンチモンの「ぎゅうぎゅう度」を自由に操れるようになるかもしれません。それによって、少ないエネルギーで動く、地球にやさしいコンピューターが作れるかもしれないのです。
また、アンチモンはシンプルな元素なので、「相変化材料」の研究にぴったりです。「ショウジョウバエ」が生物学の研究に役立つように、アンチモンは物理学の研究に役立つのです。
まとめ:この研究でわかったこと
- アンチモンという元素は、「結晶」と「ガラス状態」の間を行き来できる「相変化材料」です。
- アンチモンの「ぎゅうぎゅう度」(密度)を変えると、さまざまな性質が変わります。
- ぎゅうぎゅう度が高いと、電気が通りやすくなります。
- ぎゅうぎゅう度が高いと、光の反射も強くなります。
- ぎゅうぎゅう度が低いと、原子は「近い友達」と「遠い友達」に分かれて手をつなぎます(パイエルス歪み)。
- ぎゅうぎゅう度が高いと、この「近い・遠い」の区別がなくなります。
- これらの発見は、省エネルギーの小さな電子デバイスを作るのに役立ちます。
原論文の引用情報
Holle, N., Walfort, S., Ballmaier, J., Mazzarello, R., & Salinga, M. (2025). Importance of Density for Phase-Change Materials Demonstrated by Ab Initio Simulations of Amorphous Antimony. Physical Review Letters, 134, 046101. Published January 28, 2025. https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.046101