小さな粒のふしぎなダンス:物質に質量を与える新しい方法
みなさんは、運動会のダンスをおぼえていますか?一人で踊るのは簡単だけど、たくさんの友だちと一緒に踊るときは、ぶつからないように気をつけなければいけませんね。じつは、目に見えない小さな粒たち(素粒子といいます)も、世界のどこかでダンスをしているんです!そして、そのダンスのしかたによって、物に重さ(質量)が生まれるという、ふしぎな現象を科学者たちが発見しました。
この研究では、科学者たちは「対称的質量生成」という新しい方法で、小さな粒たちが質量をもつしくみを調べました。まるで、おどるときの約束ごとを変えずに、ダンサーたちが魔法のように重くなるようなものです!
小さな粒のダンスにはルールがある
世界中のすべてのものは、とても小さな粒でできています。この粒の中には「フェルミオン」という種類があり、これらはまるでおとなしい子どもたちのように、同じ場所に二人以上集まることができません。
フェルミオンたちは、「ゲージ場」という見えない力の糸で引っ張られながらダンスをしています。この研究では、科学者たちは「SU(2)ゲージ理論」という特別なダンスのルールで踊るフェルミオンたちを観察しました。
フェルミオンたちが踊るダンスには、「カイラル対称性」という特別なルールがあります。これは、右回りと左回りのダンスをいつでも入れ替えても、ダンスの見た目が変わらないということです。まるで、右手と左手でパンを食べても、味は同じというようなものですね。
図1の説明: この絵は、フェルミオンたちのダンスがどのように変化するかを示しています。左側の絵は、ダンスの強さによって二つの違うグループ(緑と橙)ができることを表しています。右側の絵は、二つのグループがちょうど境目で出会う特別な場合です。矢印は、ダンスが時間とともにどう変わるかを示しています。
科学者たちはどうやって小さな粒のダンスを見たの?
もちろん、フェルミオンはとても小さいので、普通の顕微鏡では見ることができません。そこで科学者たちは、「格子ゲージ理論」という特別なコンピュータシミュレーションを使いました。これは、フェルミオンたちをデジタルの世界の中で踊らせて、その様子を観察するというものです。
科学者たちは、ダンスの強さ(結合強度)を変えながら、フェルミオンたちがどう振る舞うかを調べました。弱い力で踊る場合と、強い力で踊る場合で、まったく違う現象が起きることがわかりました。
さらに、ダンスをする空間の大きさを変えてみて、小さな空間と大きな空間で振る舞いがどう変わるかも観察しました。これにより、無限に大きな空間でのフェルミオンのダンスを予測することができるのです。
図2の説明: この絵は、フェルミオンのダンスから生まれる粒(パイ中間子)の重さを示しています。横軸はダンスの強さ(弱い→強い)、縦軸は粒の重さです。黄色い部分(空洞のマーク)では、粒の重さはダンス場所の大きさにあまり影響されません。緑色の部分(塗りつぶしマーク)では、ダンス場所が小さくなると粒も軽くなっています。
二つの不思議な世界:共形相とSMG相
実験の結果、フェルミオンたちのダンスには二つの違う「相」(世界)があることがわかりました。
弱い力でダンスをする世界(共形相)では、フェルミオンたちはとても軽やかに動き回ります。この世界では、粒たちの質量はダンス場所の大きさによって変わります。まるで、広い体育館と狭い教室ではダンスの踊り方が変わるように、フェルミオンたちも場所によって違う振る舞いをするのです。
一方、強い力でダンスをする世界(SMG相)では、フェルミオンたちは重くなりますが、不思議なことにカイラル対称性(右回り・左回りのバランス)は保たれています。この状態は、これまで知られていなかった全く新しい現象なのです。
図3の説明: この絵は、共形相(緑色の部分)でのフェルミオンたちの振る舞いを示しています。左側は、二種類の粒(PS:擬スカラー、V:ベクトル)の軽さを示しています。どちらもダンス場所の大きさに比例して質量が変わることがわかります。右側は、臨界点(二つの世界の境目)付近での様子を拡大したものです。
二つの世界の間の不思議な境目
二つの世界の間には、「相転移」と呼ばれる境目があります。これは、水が氷に変わるときのように、物質の状態が急に変わる現象です。
科学者たちは、この境目がどのような性質を持つのか詳しく調べました。その結果、この境目は「連続的」であることがわかりました。つまり、水がゆっくりと氷になるように、一つの世界からもう一つの世界へスムーズに変化するのです。
さらに不思議なことに、この境目では「ベータ関数」と呼ばれる特別な数式が二次的にゼロになるという証拠が見つかりました。これは、SU(2)ゲージ理論の中でも、ちょうど4フレーバーのフェルミオンを持つ場合にだけ起こる特別な現象かもしれません。
図4の説明: この絵は、二つの世界の境目での様子を分析したものです。異なる大きさのダンス場所(格子)での測定結果が、特別な計算方法によって一つの曲線に重なっています。これは、境目が「合併固定点」という特別な性質を持つことを示しています。
カイラル対称性は破れていない!
これまでの常識では、フェルミオンが質量を獲得するためには、カイラル対称性が破れる必要があると考えられていました。右手と左手の区別がつくようになる(対称性が破れる)ことで、粒が重さを持つというわけです。
しかし、この研究で発見されたSMG相では、カイラル対称性を破ることなく、フェルミオンに質量が生まれていました。これは、水と油が混ざらないという常識を覆すようなものです!
科学者たちは、いくつかの粒子の対(パリティパートナー)を調べました。もしカイラル対称性が破れていれば、これらの対は異なる質量を持つはずです。しかし、SMG相でも共形相でも、これらの対はほぼ同じ質量を持っていました。つまり、カイラル対称性は保たれているのです!
図5の説明: この絵は、粒子と反粒子のペア(PS、PS2とそのパートナーS、S2)の測定結果です。左側はSMG相(強い力のダンス)、右側は共形相(弱い力のダンス)での結果です。どちらの世界でも、ペアの粒子たちはほとんど同じ性質を持っています。これは、右手と左手の区別(カイラル対称性の破れ)が起きていないことを示しています。
この研究はなぜスゴイの?
この研究は、物質に質量を与える全く新しい方法を発見したという点で、とても重要です!
今までは、「ヒッグス機構」や「カイラル対称性の自発的破れ」という方法でしか、素粒子に質量を与えられないと考えられていました。でも今回、対称性を破らずに質量を生成できるということが実験で示されたのです。
これは、物理学の教科書を書き換えるような大発見です。将来、この新しい方法が宇宙の謎を解く鍵になるかもしれません。
まとめ:この研究でわかったこと
- SU(2)ゲージ理論の中で、一つのスタガードフェルミオンを使った実験を行いました。
- この系には、共形相(弱結合)とSMG相(強結合)という二つの世界があります。
- 二つの世界の間の境目は連続的で、特別な「合併固定点」になっている可能性があります。
- SMG相では、カイラル対称性を破らずにフェルミオンが質量を獲得しています。
- この発見は、4フレーバーのSU(2)ゲージ理論が共形窓の入り口にあることを示唆しています。
- この研究は、物質に質量を与える全く新しい方法を実験的に示した重要な成果です。
原論文の引用情報
Butt, N., Catterall, S., & Hasenfratz, A. (2025). Symmetric Mass Generation with Four SU(2) Doublet Fermions. Physical Review Letters, 134(3), 031602. https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.031602