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宇宙の忍者ハンター大作戦

みなさんは、目に見えないものを探したことがありますか?たとえば、暗い部屋で落としたイヤリングや、砂浜に埋もれた小さな貝殻を探すのはとても難しいですよね。科学者たちは今、宇宙の中にある「ダークマター(暗黒物質)」という、もっともっと見つけにくい物質を探しています!

ダークマターは、宇宙に存在すると考えられている特別な物質です。それは「宇宙の忍者」のようなもので、姿は見えないのに、星や銀河に重力で影響を与えています。科学者たちは、この見えない忍者が宇宙全体の約85%も占めていると考えているのです!でも、どんなに望遠鏡をのぞいても直接見ることはできません。

忍者を探す特別な装置

科学者たちは、中国の四川省にある金平山の地下深くに「PandaX-4T」(パンダエックスフォーティー)という特別な装置を作りました。この装置は、まるで忍者を捕まえるための特別な罠(わな)のようなものです!

なぜ地下深くに作ったのでしょう?それは、地上には様々な邪魔な信号(ノイズ)があるからです。地下に行けば行くほど、太陽や宇宙から来る邪魔な放射線が少なくなり、静かな環境で忍者(ダークマター)を探すことができます。

PandaX-4Tの中心部分には、大きなタンクに5.6トンもの液体キセノンが入っています。キセノンは普通は気体ですが、とても冷やすと液体になります。この液体キセノンは「忍者検出器」として働きます。もし宇宙の忍者(ダークマター)が液体キセノンの中を通り抜けると、ごくまれに原子とぶつかって、小さな光と電気の信号を出します。これらの信号は、タンクの上下に取り付けられた「PMT」という368個の特別なカメラで捉えられます。

この実験は、2020年11月から2021年4月まで(Run0)と、2021年11月から2022年5月まで(Run1)の2回行われました。合計で1.54トン・年分(1.54トンのキセノンを1年間観察するのと同じくらい)のデータを集めました。

忍者の足跡を見分ける方法

宇宙の忍者(ダークマター)は本当に見つけにくいので、科学者たちは特別な工夫をしました。液体キセノンの中では、粒子がぶつかると「S1」と「S2」という2種類の信号が出ます。S1は最初の光のきらめき(即発光)で、S2はあとから出てくる光(遅延光)です。

これらの信号を調べると、「何がぶつかったのか」がわかります。これは、砂浜に残った足跡を見て、「人間の足跡か、犬の足跡か、それとも別の動物の足跡か」を判断するようなものです。特に、「S2/S1」という値を計算すると、それが電子と衝突したのか(ER)、原子核と衝突したのか(NR)を区別できます。

ダークマターは原子核とぶつかると考えられているので、科学者たちは特にNRイベント(原子核との衝突)に注目しました。

忍者を見つけるための難しさ

でも、この実験にはたくさんの困難がありました。液体キセノンの中には、ダークマター以外にもいろいろな邪魔者(バックグラウンド)がいるのです。それは、次のようなものです:

  1. ラドン(放射性物質)やその子供たち
  2. クリプトンという別の気体
  3. トリチウム(放射性の水素)
  4. 太陽から来るニュートリノ粒子
  5. 検出器の材料から出る放射線
  6. 偶然重なった信号(偶発的一致)

これらは、まるで忍者を探している時に現れるニセモノの忍者(影武者)のようなものです。科学者たちは、これらのニセモノの量を正確に計算し、本物の忍者(ダークマター)からの信号と区別できるようにしました。

実験の結果:宇宙の忍者は見つかったの?

科学者たちは、集めたすべてのデータから、全部で2490個のイベント(信号)を見つけました。そのうち、「忍者の足跡かもしれない」という怪しい信号は24個だけでした。

でも、よく調べてみると、これらの信号はすべて「ニセモノの忍者(バックグラウンド)」で説明できることがわかりました。つまり、残念ながら今回の実験では、本物の宇宙の忍者(ダークマター)を見つけることはできませんでした。

図1:ダークマター候補イベントの分布

図1の説明: この図は、実験で見つかった信号の分布を示しています。横軸のS1は最初の光の強さ、縦軸のlog10(S2b/S1)は信号の比率の対数です。青い点(番号付き)は、ダークマターの可能性がある信号です。ピンクの線より下にある点が「忍者の足跡かも?」と思われる信号ですが、よく調べると「ニセモノの忍者」だとわかりました。

図2:ダークマター候補イベントの位置分布

図2の説明: この図は、信号がタンクのどの場所で起きたかを示しています。(a)は上から見た図、(b)は横から見た図です。青い点線の内側が「忍者を探す領域」(信頼体積)で、赤い点は「忍者の足跡かも?」と思われる信号です。これらが特定の場所に固まっていないことから、本物の忍者(ダークマター)ではなく、ランダムに起こるバックグラウンドだと考えられます。

図3:ダークマター探索の結果

図3の説明: この図は、実験の最終結果を示しています。横軸はダークマターの質量(重さ)、縦軸はダークマターが通常の物質と相互作用する強さです。赤い線は今回の実験で得られた「上限値」で、「この線より上にあるダークマターは存在しない」ということを示しています。特に、40 GeV/c²(ギガ電子ボルト)という質量のダークマターについて、最も厳しい制限(1.6×10⁻⁴⁷ cm²)が得られました。緑色の帯は、この実験の予測感度の範囲です。

この研究はなぜスゴイの?

この研究は、現在世界で行われているダークマター探索実験の中でも、最も高感度なものの一つです。特に、100 GeV/c²より重いダークマターについては、世界で最も厳しい制限を与えました。

今回の実験では残念ながらダークマターは見つかりませんでしたが、「ダークマターがどのようなものではないか」がより明確になりました。これは、「忍者がどこにいないか」を知ることで、「忍者がどこにいるか」の範囲を狭めていくようなものです。

科学者たちは、このPandaX-4T検出器をさらに改良して、将来的には感度を2〜3倍に高める計画です。そうすれば、もしかしたら宇宙の忍者(ダークマター)をついに捕まえることができるかもしれません!

まとめ:この研究でわかったこと

  1. 宇宙にはダークマターという見えない物質があると考えられていて、それは宇宙全体の約85%を占めています。
  2. 中国の金平山地下深くにあるPandaX-4Tという実験装置で、液体キセノンを使ってダークマターを探しました。
  3. 合計1.54トン・年分のデータを集め、2490個の信号を見つけましたが、それらは全てバックグラウンド(ニセモノの忍者)で説明できました。
  4. この実験では、ダークマターが見つかりませんでしたが、特に質量が40 GeV/c²のダークマターについて、その存在に対する世界最高レベルの制限(1.6×10⁻⁴⁷ cm²)を与えました。
  5. この研究は、100 GeV/c²より重いダークマターに対して、世界で最も厳しい制限を与えました。
  6. 科学者たちは装置をさらに改良して、感度を2〜3倍に高める計画です。

原論文の引用情報

Bo, Z., Chen, W., Chen, X., Chen, Y., Cheng, Z., Cui, X., Fan, Y., Fang, D., Gao, Z., et al. (PandaX Collaboration). (2025). Dark Matter Search Results from 1.54 Tonne·Year Exposure of PandaX-4T. Physical Review Letters, 134, 011805. Published January 9, 2025. https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.011805

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