ワニの頭のうろこが作られる不思議な仕組み
みなさんは、折り紙で遊んだことがありますか?平らな紙を折ったり、ちょっとぎゅっと押さえつけたりすると、きれいなしわができますよね。実は、ワニの頭にあるうろこも、似たような仕組みでできているんです!
ワニの体には、たくさんのかたいうろこがあります。でも、体のうろこと頭のうろこは、まったく違う作られ方をしているんです。科学者たちは、卵の中のワニの赤ちゃんを調べて、頭のうろこがどうやってできるのか研究しました。
ワニの頭のうろこはどうやってできる?
ワニの頭のうろこは、皮膚にしわができることで生まれます。このしわは、まるで洗濯物が入りすぎた洗濯かごのように、皮膚が「ぎゅうぎゅう詰め」になってできるんです。
ワニの皮膚には、表面の「表皮」と、その下の「真皮」という2つの層があります。表皮は、私たちの爪のような「ケラチン」というかたい物質でできています。真皮には「コラーゲン」という、伸び縮みする特別な繊維がたくさん含まれています。
卵の中で、ワニの赤ちゃんの皮膚はどんどん大きく成長します。でも、表皮と真皮の固さが違うので、皮膚の成長につれて表面にしわができます。このしわが、ワニの頭全体に広がってつながり、最終的に多角形(多くの角をもつ形)のうろこになるんです。
図1の説明: この図は、ナイルワニの赤ちゃんの頭のうろこが発達する様子を示しています。上の写真(a)は、生まれたナイルワニの頭のうろこで、不規則な多角形の形をしています。下の写真(b)は、胚発生の48日目から63日目までの顎の表面です。最初は滑らかな顎が、しだいにしわが広がって、最終的に多角形のうろこのパターンになっていきます。(c)は皮膚の固さの変化、(d)は真皮のコラーゲン繊維の向きを示しています。コラーゲン繊維は、顎の上部では特定の方向に並んでいることがわかります。
実験:ワニの赤ちゃんのうろこを変えてみよう
科学者たちは、ワニの頭のうろこの作られ方をもっと詳しく調べるために、実験をおこないました。
卵の中のワニの赤ちゃんに、「EGF」という特別なたんぱく質を注射しました。EGFは「表皮成長因子」というもので、表皮の成長とケラチン化(かたくなること)を促進します。
これは、ちょうどケーキの生地にベーキングパウダーをたくさん入れるようなものです。ベーキングパウダーをたくさん入れると、ケーキは通常より大きく膨らみますよね。同じように、EGFを注射されたワニの赤ちゃんの表皮は、通常よりもっと成長し、もっとかたくなりました。
図2の説明: この図は、EGF注射の効果を示しています。上の写真(b)は通常のワニの赤ちゃんで、いつもどおりの多角形のうろこができています。下の写真(c)はEGFを注射されたワニの赤ちゃんで、頭全体が「脳みたい」なしわだらけになっています。(d, e)はしわのパターンを分析した結果で、EGF注射によってしわの数や長さが大きく変わったことがわかります。(f)は皮膚の固さを測定した結果で、EGFの量が多いほど皮膚がかたくなっていることを示しています。
EGFというお薬が作るしわくちゃの頭
EGFを注射されたワニの赤ちゃんは、頭がしわくちゃになりました。まるで、小さくたたむはずだった折り紙をぎゅうぎゅうに押し込んだような感じです。
科学者たちは、このしわくちゃのパターンをよく調べました。すると、通常のワニよりもずっと多くのしわがあり、そのしわも細くて入り組んでいることがわかりました。これは、表皮の成長とかたさが増したことで、皮膚がより強く押しつぶされた状態になっているからです。
さらに面白いことに、EGF注射を早めに終わらせると、生まれたワニの頭のうろこは「カイマン」というワニに似た小さなうろこになりました。カイマンはナイルワニの親戚で、もともと小さなうろこをたくさん持っています。
図3の説明: この図は、EGF注射後に生まれたワニのうろこパターンを示しています。(a)は通常のナイルワニで、大きな多角形のうろこがあります。(c)はEGF注射後に注射をやめたワニで、小さな多角形のうろこがたくさんあります。これはカイマン(d)のうろこに似ています。(e)のグラフは、うろこの相対的なサイズを比較しています。EGF注射後のワニのうろこは、通常のナイルワニより小さく、カイマンに近いサイズになっています。(f)はEGF注射を続けたワニで、頭が完全にしわくちゃになっています。
コンピューターでワニのうろこを作る
科学者たちは、コンピューターの中でワニの頭のうろこをシミュレーションしました。ワニの皮膚の詳しい情報(表皮と真皮の厚さ、コラーゲン繊維の向き、細胞の増え方など)を計測し、その情報をもとにコンピューターモデルを作りました。
このモデルを使って、通常のワニの頭のうろこの形成過程をシミュレーションすると、実際のワニとそっくりなうろこパターンができました。さらに、EGFの効果も再現できました。これにより、ワニの頭のうろこは本当に皮膚の圧縮折り畳み(押しつぶされてできるしわ)によってできることが証明されました。
図4の説明: この図は、コンピューターシミュレーションの結果を示しています。上の列(a)は通常のワニのシミュレーションで、時間とともにしわが広がり、最終的には実際のワニ(右端)とそっくりな多角形のうろこができています。下の列(b)はEGF注射のシミュレーションで、より細かいしわがたくさんでき、実際のEGF注射されたワニ(右端)のパターンを再現しています。
違う種類のワニはなぜうろこが違うの?
世界には様々な種類のワニがいて、それぞれ頭のうろこのパターンが違います。ナイルワニは大きめのうろこ、カイマンは小さめのうろこ、アメリカンアリゲーターはまた違ったパターンのうろこを持っています。
科学者たちは、コンピューターシミュレーションを使って、こうした違いがどうして生まれるのかを調べました。その結果、表皮と真皮の成長速度や固さの差を少し変えるだけで、様々な種類のワニのうろこパターンを作り出せることがわかりました。
これは、同じ折り紙でも、折り方や押し方を少し変えるだけで、まったく違った形になるのと同じです。自然は、ほんの少しのルールの変化で、たくさんの違ったパターンを作り出すことができるんです。
図5の説明: この図は、様々なワニのうろこパターンを示しています。(a)はコンピューターで計算した「形態空間」で、表皮と真皮の特性を変えることで様々なパターンが生まれることを示しています。(b-e)は4種類のワニ(ナイルワニ、マーシュクロコダイル、メガネカイマン、アメリカンアリゲーター)の実際のうろこパターンです。それぞれ異なるうろこの大きさと形を持っていますが、すべて同じ「圧縮折り畳み」の原理でできていることがわかります。
まとめ:この研究でわかったこと
この研究でわかった重要なことをまとめましょう:
- ワニの頭のうろこは、皮膚の圧縮折り畳み(押しつぶされてできるしわ)によって自然に形成されます。
- 皮膚の表面の表皮と、その下の真皮の固さの違いが、うろこのパターンを決めています。
- EGFというたんぱく質は表皮の成長とかたさを増し、より多くのしわを作り出します。
- 胚発生中の皮膚の成長と固さを変えることで、様々な種類のワニのうろこパターンができます。
- コンピューターシミュレーションを使って、実際のワニのうろこパターンを正確に再現できます。
- 自然界の様々なワニの種類のうろこの違いは、発生過程での単純な機械的特性の違いによって説明できます。
この研究は、自然界の複雑なパターンが、実はとてもシンプルな物理的な原理から生まれていることを教えてくれます。まるで、一枚の折り紙から様々な形を作り出せるように、自然も単純なルールから驚くほど多様なデザインを作り出しているのです。
原論文の引用情報
Santos-Durán, G.N., Cooper, R.L., Jahanbakhsh, E., Timin, G., & Milinkovitch, M.C. (2025). Self-organized patterning of crocodile head scales by compressive folding. Nature, 637, 375–383. https://doi.org/10.1038/s41586-024-08268-1