脳の宅配屋さんと危険な荷物
みなさんは、おうちに宅配便が届いたことがありますか?荷物を運ぶ宅配屋さんは、とても大切な仕事をしていますね。実は、わたしたちの脳の中にも「宅配屋さん」がいるんです!この宅配屋さんの名前はアポリポタンパク質E(アポE)といいます。
アポEは脳の中で脂質という特別な荷物を運ぶ役割をしています。でも、この宅配屋さんには3つの種類(アポE2、アポE3、アポE4)があって、それぞれ仕事のやり方が少し違うんです。おもしろいことに、アポE4を持っている人はアルツハイマー病になりやすく、アポE2を持っている人はなりにくいことがわかっています。なぜでしょうか?
脳の宅配屋さんはどうやって荷物を届けるの?
アポEは脳の細胞に荷物(脂質)を届けるとき、細胞の表面にある受容体という「呼び鈴」を使います。その中でも特に重要なのがLDL受容体という呼び鈴です。
アポEが呼び鈴(受容体)を押すと、細胞は「はい、どなたですか?」と応答して、ドアを開け、アポEと荷物を中に入れます。この時、アポEと荷物はエンドソームやリソソームという特別な「荷物受取室」に運ばれます。
図1:アポE種類によって異なる受容体への結合と細胞内取り込み
図1の説明: この図は、3種類のアポE(E2、E3、E4)がどれだけLDL受容体とくっつくかを調べた実験結果です。上の部分(A, B)で、アポE2は受容体にほとんどくっつかないことがわかります。真ん中の部分(C, D)では、測定機器を使って結合の強さを調べていて、アポE3とE4は強く結合しますが、E2は約50倍も弱いことがわかります。下の部分(E-H)は、細胞内への取り込みを調べた結果で、E3とE4はたくさん取り込まれますが、E2はずっと少ないことが示されています。
アポE2の特別な能力:ドアをノックしない宅配屋さん
科学者たちは、アポE2には特別な性質があることを発見しました。なんと、アポE2はLDL受容体にうまくくっつけないのです!これは、呼び鈴が壊れた家をスキップする宅配屋さんのようなものです。
一方、アポE3とアポE4は呼び鈴(LDL受容体)とよくくっつきます。特にアポE4は最もよくくっついて、たくさんの荷物を細胞の中に届けてしまいます。
でも、どうしてドアをノックしないことが良いことなのでしょうか?
図2:アポE3とE4は受容体の動きを変えてLDLの取り込みを妨げる
図2の説明: この図では、アポE3とE4が細胞表面のLDL受容体の動きにどう影響するかを調べています。上の部分(A-D)で、アポE3とE4は受容体を細胞内に閉じ込めてしまうことがわかります。真ん中の部分(E-I)では、受容体とアポEが細胞内で一緒に閉じ込められていることが示されています。下の部分(J-L)では、その結果、他の重要な脂質(LDL)の取り込みが妨げられることが示されています。アポE2ではこの問題は起きません。
危険な荷物:不飽和脂肪酸を含むコレステロール
アポEが運ぶ荷物の中でも、特に危険なものがあります。それは不飽和脂肪酸を含むコレステロールエステル(PUFA-CE)という脂質です。これは、「壊れやすい荷物」のようなものです。
普通の荷物ならば、細胞の「荷物受取室」(リソソーム)でちゃんと開封されて中身が使われます。でも、このPUFA-CEという荷物は、開封するときに酸化(さびつき)しやすいという問題があるのです。
科学者たちは、アポE3やアポE4がこの危険な荷物をたくさん細胞に届けることで、細胞の中にリポフスチンというゴミがたまっていくことを発見しました。リポフスチンは、さびついた荷物の残骸が片付けられずに溜まったゴミの山のようなものです。
図3の説明: この図では、アポEが脂質(HDLやコレステロールエステル)の細胞内取り込みにどう影響するかを調べています。上の部分(A-D)は、アポE3とE4がHDLやコレステロールエステルの取り込みを促進し、アポE2はほとんど影響しないことを示しています。下の部分(E-G)は、これらの取り込みが細胞内の脂質バランスを変えてしまうことを示しています。特にアポE4が最も強く影響しています。
リポフスチンの正体:脳細胞にたまるゴミの山
リポフスチンは、細胞の中にたまるゴミのようなものです。このゴミは自然に光る性質(自家蛍光)を持っていて、顕微鏡で見ると明るく光って見えます。お年寄りの脳細胞には、このリポフスチンがたくさんたまっています。
科学者たちは、アポE4がPUFA-CEという危険な荷物を細胞に届けると、このリポフスチンがたくさんできることを発見しました。実験では、アポE4 > アポE3 > アポE2の順番でリポフスチンができやすいことがわかりました。
リポフスチンができると、リソソーム(細胞の中の「荷物受取室」兼「ゴミ処理場」)がうまく働かなくなります。これは、ゴミがたくさん溜まって掃除機が動かなくなったような状態です。その結果、細胞は正常に働けなくなってしまいます。
図5の説明: この図は、PUFA-CEを含むアポEが神経細胞にリポフスチンを蓄積させる様子を示しています。上の部分(A, B)では、アポE4が最もリポフスチン(緑色の点)を作り、アポE3がその次、アポE2は最も少ないことがわかります。中央部分(C-E)では、リポフスチンがリソソーム(細胞内のゴミ処理場)にたまり、4-HNE(さびついた脂質の印)も増えていることがわかります。下の部分(F-Q)では、このリポフスチン形成を防ぐ方法(受容体との結合を弱める、抗酸化物質を加えるなど)や、酸性環境でアポE4が最も固まりやすいことを示しています。
マウス実験:アポE4の脳はリポフスチンがいっぱい
科学者たちは、アポE4を持つマウスの脳を調べました。すると、アポE4を持つマウスの脳には、アポE3を持つマウスよりもリポフスチンがたくさん溜まっていました。特にタウタンパク質(アルツハイマー病で見られる異常なタンパク質)を持つマウスでは、さらにリポフスチンが増えていました。
さらに、PUFA-CEを含むアポE4をマウスの脳に直接注射すると、リポフスチンができることも確認されました。これは、アポE4とPUFA-CEが一緒になると、本当にリポフスチンができることを証明しています。
図6の説明: この図は、マウスの脳でのリポフスチン蓄積を示しています。上の部分(A-C)では、アポE4を持つマウスの脳(特にタウタンパク質も持つマウス)にリポフスチンがたくさん溜まっていることがわかります。中央部分(D, E)では、LXRという薬でリポフスチンを減らせることが示されています。下の部分(F-M)では、PUFA-CEを含むアポE4を脳に注入するとリポフスチンができること、そしてリポフスチンがタウタンパク質の蓄積を促進することが示されています。
クライストチャーチ変異:もう一つの保護的な変異
科学者たちは、クライストチャーチ変異と呼ばれる特別なアポEの変異を調べました。この変異を持つ人は、アルツハイマー病になりにくいことがわかっています。
調査の結果、このクライストチャーチ変異は、アポE2と同じようにLDL受容体とうまくくっつかないことがわかりました。そのため、危険な荷物(PUFA-CE)を細胞に届けにくくなり、リポフスチンもできにくくなります。
これは、アポE2とクライストチャーチ変異が同じ仕組みでアルツハイマー病から脳を守っていることを示しています。
図7:クライストチャーチ変異は受容体結合を弱め、リポフスチンを減らす
図7の説明: この図は、クライストチャーチ変異(ch)がアポEの働きにどう影響するかを示しています。上の部分(A)では、クライストチャーチ変異がLDL受容体との結合を弱めることがわかります。中央部分(B-E)では、この変異によってアポE自身や脂質の細胞内取り込みが減ることが示されています。下の部分(F, G)では、この変異によってリポフスチンの形成が減ることが示されています。
まとめ:この研究でわかったこと
- 脳にはアポEという「宅配屋さん」がいて、脂質を細胞に届けています。
- アポE2はLDL受容体とうまくくっつけないので、危険な荷物を届けにくくなります。
- アポE3とアポE4はLDL受容体とよくくっつくため、たくさんの荷物を届けてしまいます。
- 特に不飽和脂肪酸を含むコレステロール(PUFA-CE)という危険な荷物は、細胞内で酸化してリポフスチンというゴミになります。
- リポフスチンは細胞の「ゴミ処理場」(リソソーム)を壊し、細胞の働きを悪くします。
- アポE4を持つマウスの脳には、リポフスチンがたくさん溜まっています。
- クライストチャーチ変異も、アポE2と同じようにLDL受容体との結合が弱いため、脳を守ります。
この研究から、アルツハイマー病の予防や治療に新しい方法が見つかるかもしれません。例えば、アポEとLDL受容体のくっつきを弱くする薬や、PUFA-CEの酸化を防ぐ薬が、アルツハイマー病の治療に役立つかもしれないのです。
原論文の引用情報
Guo, J. L., Braun, D., Fitzgerald, G. A., Hsieh, Y.-T., Rougé, L., Litvinchuk, A., Steffek, M., Propson, N. E., Heffner, C. M., Discenza, C., Han, S. J., Rana, A., Skuja, L. L., Lin, B. Q., Sun, E. W., Davis, S. S., Balasundar, S., Becerra, I., Dugas, J. C., ... Di Paolo, G. (2024). Decreased lipidated ApoE-receptor interactions confer protection against pathogenicity of ApoE and its lipid cargoes in lysosomes. Cell, Published online November 11, 2024. https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.10.027