月のリズムとがん治療の効果
みなさんは、お月さまが満月になったり三日月になったりするのを見たことがありますか?お月さまには約1ヶ月のリズムがありますね。実は、女の子や女性の体の中にも、そんな「月のリズム」があるんです!そして驚くことに、このリズムががん治療の効き目に大きく影響することが分かってきました。
動物の体にも「月のリズム」がある
女の子が大人になると、体に「月経(げっけい)」や「生理」と呼ばれる約1ヶ月のリズムができます。マウス(実験用のねずみ)でも似たようなリズムがあり、これをエストラス周期と呼びます。マウスの場合は4〜6日周期で、「エストラス期(はつじょうき)」と「ダイエストラス期(はつじょうきゅうし期)」という2つの主な時期があります。
エストラス期は、まるで学校が授業中のように細胞がとても活発に動く時期。一方、ダイエストラス期は、休み時間や放課後のようにゆっくり休む時期なんです。
がん細胞も月のリズムに合わせて活動している?
科学者たちは、乳がん(おっぱいのがん)にかかったマウスのがん細胞を特別な顕微鏡で観察しました。すると驚いたことに、がん細胞も体の月のリズムに合わせて動いていることが分かったのです!
エストラス期(活発な時期)には、がん細胞がたくさん増えていました。これは、教室で多くの子どもたちが元気に活動しているようなものです。一方、ダイエストラス期(休息の時期)には、増えるがん細胞が少なくなっていました。これは、放課後に教室に残っている子どもが少ないようなものですね。
図1:エストラス期とダイエストラス期のがん細胞の増え方の違い
図1の説明: この絵は、マウスのがん細胞を何日も観察した結果です。上の絵(a)は実験の方法を示しています。真ん中の絵(b, c)からは、エストラス期にがん細胞がたくさん増えることがわかります。下の絵(d-f)は、オバリエクトミー(卵巣を取り除く手術)をすると、このリズムがなくなることを示しています。
お薬の効き目は「タイミング」が大事!
科学者たちは、がん細胞を退治する「抗がん剤(こうがんざい)」という薬を、エストラス期とダイエストラス期のそれぞれで使ってみました。抗がん剤は、がん細胞を攻撃するチームのようなものです。
するとどうでしょう。エストラス期(活発な時期)に薬を使い始めると、とても効果が高かったのです!一方、ダイエストラス期(休息の時期)だと、あまり効果がありませんでした。
これは、運動会の競技にたとえると分かりやすいかもしれません。全員が校庭に出ている時(エストラス期)に「赤帽子の人!」と呼びかけると、多くの赤帽子の人が見つかります。でも、多くの人が教室に戻った後(ダイエストラス期)だと、見つけるのが難しくなりますよね。
図2:エストラス期とダイエストラス期での抗がん剤の効き目の違い
図2の説明: この絵は、抗がん剤の効き方の違いを示しています。上の絵(a)は実験方法です。中央部分(b, c)からは、エストラス期(O)に治療を始めた方が、ダイエストラス期(D)より多くのがん細胞が死んでいることがわかります。下の絵(h-l)は、長期間の効果を示しており、エストラス期に治療を始めたマウスの方が生存期間が長くなりました。
どうして効き目に差が出るの?
科学者たちは、なぜダイエストラス期に薬の効きが悪くなるのか調べました。すると、いくつかの理由があることがわかりました:
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細胞の増える速さが違う:エストラス期はがん細胞が活発に増えていますが、ダイエストラス期はあまり増えていません。抗がん剤は特に勢いよく増えている細胞に効くので、増え方が遅いと効きにくいのです。
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がん細胞が「変装」している:ダイエストラス期には、がん細胞の中に「EMT(上皮間葉転換)」という変装をした細胞が増えています。これは、警察から逃げるどろぼうが変装するようなもので、薬から身を守る作戦なのです。
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血管が細くなる:ダイエストラス期には、腫瘍内の血管(けっかん)が細くなっています。これは、薬を運ぶ道路が狭くなってしまったようなもので、薬が届きにくくなるのです。
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マクロファージが増える:ダイエストラス期には、「マクロファージ」という特別な細胞がたくさん集まっています。本来は体を守る味方なのですが、がんの近くでは、がん細胞を薬から守るボディガードのように働いてしまうことがあるのです。
図4の説明: この絵は、ダイエストラス期に薬が効きにくくなる理由を示しています。上の絵(a)は、ダイエストラス期に「EMT」という変装をしたがん細胞が増えることを示しています。中央部分(b)は、ダイエストラス期には血管が細くなることを示しています。下の絵(c-g)は、ダイエストラス期にマクロファージが増えること、そしてこのマクロファージを減らすと薬の効果が改善することを示しています。
人間のお姉さんやお母さんでも同じなの?
科学者たちは、「マウスで見つけたこの現象は、人間でも同じだろうか?」と考えました。そこで、乳がんの治療を受けた女性のデータを調べました。
人間の場合、この「月のリズム」はおよそ28日周期で、「卵胞期(らんぽうき)」と「黄体期(おうたいき)」があります。マウスのエストラス期は人間の卵胞期に、ダイエストラス期は黄体期に似ています。
調査の結果、プロゲステロンというホルモンの量が少ない時期(卵胞期)に治療を始めた患者さんは、多い時期(黄体期)に始めた患者さんより治療効果が高かったのです!これは、マウスでの発見とぴったり一致します。
図5:人間の患者さんでも治療開始時期による効果の違いがみられる
図5の説明: この絵は、人間の乳がん患者さんについての調査結果です。上の絵(a)は、どのように患者さんを選んだかを示しています。中央部分(b-d)は、プロゲステロンが少ない時期に治療を始めた患者さんの方が、がんの縮小効果が高かったことを示しています。下の絵(e-g)は、別のタイプの乳がん患者さんでも同じ結果が得られたことを示しています。
この研究はなぜスゴイの?
この研究は、がん治療の「タイミング」が大切だということを教えてくれました。今までは、「どんな薬を使うか」ばかり考えられていましたが、これからは「いつ薬を使うか」も重要になるかもしれません。
将来的には、女性の「月のリズム」を考慮して、最も効果的なタイミングで治療を始めることで、より多くの人を乳がんから救えるようになるかもしれません。それはまるで、川を渡るのに一番水位が低い時を選ぶようなものです。
また、この研究は「体のリズム」と「病気の治療」の関係について考えるきっかけにもなりました。私たちの体には、さまざまなリズムがあります。それらを理解することで、他の病気の治療法も改善できるかもしれないのです。
まとめ:この研究でわかったこと
- 女性の体には「月のリズム」があり、マウスでは「エストラス期」と「ダイエストラス期」があります。
- 乳がんの細胞も、このリズムに合わせて増えたり休んだりします。
- 抗がん剤治療は、エストラス期(活発な時期)に始めると効果が高く、ダイエストラス期(休息の時期)だと効果が低いです。
- ダイエストラス期に効果が低い理由は、細胞の増殖が遅いこと、がん細胞が変装していること、血管が細くなること、そしてマクロファージが増えることです。
- 人間の乳がん患者さんでも、プロゲステロンというホルモンが少ない時期に治療を始めると効果が高いことがわかりました。
- この発見は、「治療のタイミング」を考えることで、がん治療の効果を高められる可能性を示しています。
原論文の引用情報
Bornes, L., van Winden, L.J., Geurts, V.C.M. et al. The oestrous cycle stage affects mammary tumour sensitivity to chemotherapy. Nature 637, 195–204 (2025). https://doi.org/10.1038/s41586-024-08276-1