氷河の川に住む小さな冒険者たち
みなさんは、世界中の高い山々の上に「氷河(ひょうが)」と呼ばれる大きな氷の塊があることを知っていますか?この氷河が少しずつ溶けると、冷たい水が山を下って川になります。この川を「氷河の川」と呼びます。実は、この冷たくて厳しい環境の中に、とっても小さな生き物たち—細菌(さいきん)—が住んでいるんです!
科学者たちは、まるで世界中を旅する探検隊のように、地球上の主な山々から152の氷河の川を調査し、そこに住む小さな生き物たちの大冒険地図を作りました!
氷河の川ってどんなところ?
氷河の川は、生き物にとってはとても過酷な環境です。まるで、真冬の外に水着で出かけるようなものです!
この川の水はとても冷たく(ほぼ凍るような温度!)、栄養が少なく(冷蔵庫の中に何も食べ物がないような状態)、そして不安定(地面がいつも揺れているようなもの)なのです。川底の石や砂も、増えた水の流れで毎日動かされてしまいます。これは、あなたの家の床が毎日変わるようなものです!
また、水の中には氷河から削られた小さな岩の粒が混ざっているので、水は濁っていて光が届きにくいです。これは、曇りガラスを通して外を見るようなもので、植物が光合成をするのが難しくなります。
図1の説明: この地図は探検隊が訪れた世界中の山々を示しています。レーダーチャートは各地域の川の特徴(水温、栄養、濁り具合など)を表しています。どの地域も共通して厳しい環境ですが、地域によって少しずつ違いがあることがわかります。
世界中の山に住む小さな冒険者たち
科学者たちが氷河の川から採取した水や石を顕微鏡で調べると、そこには驚くほどたくさんの種類の細菌が住んでいました!彼らはとても小さいので、目では見えませんが、1グラムの砂の中に数百万もの細菌がいるのです。これは、東京ドームいっぱいに人が詰まっているようなものです!
世界中の氷河の川から見つかった細菌は44の門(もん)という大きなグループに分けられ、数万種類もいることがわかりました。これは、動物で言えば、哺乳類、鳥類、爬虫類といった大きなグループがたくさんあるようなものです。
高い山に登るほど、細菌の種類は少なくなりました。これは、山の上に行くほど空気が薄くなって人間が息苦しくなるのと同じように、細菌にとっても厳しい環境になるからかもしれません。
図2の説明: これは氷河の川の細菌の多様性を示しています。ヒートツリー(a)は主な細菌のグループを表し、バイオリンプロット(c)は山岳地帯ごとの細菌の豊かさを示しています。世界地図(d)では、異なる山岳地帯の細菌コミュニティが色分けされ、北半球と南半球でも違いがあることがわかります。
氷河の川の生き物は特別!
科学者たちは、氷河の川の細菌を、氷河の上のクリオコナイト(氷の上にある黒い粉のような物質)、氷河湖、永久凍土の土壌など、他の寒い場所に住む細菌と比較しました。
すると驚いたことに、氷河の川に住む細菌は、他の寒い場所の細菌とはまったく違う特別な集団だったのです!これは、同じ寒い地域に住んでいても、北極のホッキョクグマとペンギンがまったく違う動物であるようなものです。
その違いは、体の特徴だけでなく、能力(遺伝子)にもありました。氷河の川の細菌は、バイオフィルムという特別な膜を作る能力に優れていました。これは、彼らが激しい水の流れに流されないように、川底の石にしっかりとくっつくためのスーパーのりのようなものです!また、食べ物が少ない環境でも生き抜くための特別な能力も持っています。
図1の説明: b, cのグラフは、氷河の川の細菌(GFS)が他の寒冷環境(クリオコナイト、氷河湖、永久凍土など)の細菌とは異なる集団であることを示しています。これは種類(b)だけでなく、機能(c)でも違いがあります。
山ごとに違う生き物たち
世界中の氷河の川を調べた結果、とても面白いことがわかりました。細菌たちは、山の地域ごとに特別な種類がいるのです!
全体の約62%の細菌は、ある特定の山岳地帯にしか見つからない「地域特有種」でした。さらに驚くことに、約25%の細菌は1つの川にしか見つからない「固有種」でした。これは、カンガルーがオーストラリアにしかいないようなものです。
特に、ニュージーランドの南アルプスとエクアドルのアンデス山脈では、他の山々では見られない特別な細菌がたくさん見つかりました。これらの地域は、海や熱帯の低地によって他の山々から隔離されている「生物学的な島」のようなものなのです。
一方、世界中の氷河の川に共通して見られる「コア種」は、全体のわずか0.42%(約165種類)しかありませんでした。これらの種類は、どんな厳しい環境でも生き残れるスーパーヒーローのような存在かもしれません!
図3の説明: この図は氷河の川の細菌の種類を示しています。a, bは特有種、固有種などの割合、cは細菌の分布パターン、dは主要な細菌グループを示しています。多くの細菌が特定の山岳地帯にしか存在せず、世界中に共通する種類はごく少数です。
小さな旅人?それとも地元の住人?
では、なぜ山ごとに住む細菌が違うのでしょうか?科学者たちは2つの理由を発見しました。
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移動の制限:細菌にとって、ある山から別の山へ移動するのは、人間が歩いて地球を一周するよりも大変なことです。山々は互いに遠く離れており、高山の川は「枝分かれした川のネットワークの先端」にあるため、他の場所から細菌が到達するのが難しいのです。
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環境への適応:それぞれの山には、岩の種類や水の性質など、少しずつ違う環境があります。エクアドルの火山岩は水のpHを下げますし、各地域の降水量なども違います。細菌たちは、それぞれの環境に適応して進化してきたのです。
科学者たちが距離と細菌の違いを調べたところ、距離が離れるほど細菌の種類が違うことがわかりました。これは、世界の反対側に住む人々が別々の言語を話すようなものです。
興味深いことに、細菌の種類は違っても、彼らの能力(遺伝子機能)はどこの山でも似ていました。これは、世界中の人々が違う言語を話していても、みんな食べたり、寝たり、遊んだりする基本的な行動は同じであるようなものです。
図4の説明: この図は、距離が離れるほど細菌の種類が違うことを示しています(a, b)。また、細菌の分布パターンを決める要因の内訳(c)も示されており、場所(空間)の影響が大きいことがわかります。
進化する小さな冒険者たち
科学者たちは、氷河の川の細菌の家系図(系統樹)も調べました。すると、いくつかの細菌グループでは、親戚同士が集まって住む傾向があることがわかりました。これは、ある町に同じ苗字の家族がたくさん住んでいるようなものです。
特に、Polaromonas(ポラロモナス)、Rhodoferax(ロドフェラックス)、Methylotenera(メチロテネラ)などの細菌は、とても近い親戚同士が多様に進化して、少しずつ違う特徴を持つようになっていました。これは、同じ家族でも兄弟それぞれが違う特技を持っているようなものです。
この「微小多様性」は、限られた資源を最大限に活用するための戦略かもしれません。一つの家族の中でそれぞれが違う仕事に特化すれば、家族全体としては様々な状況に対応できるようになりますね。
図5の説明: この図は細菌の系統関係と進化パターンを示しています。aは系統樹と各山岳地帯の細菌の分布、bは距離と進化プロセスの関係、c, dは近縁種の多様化パターンを示しています。近い親戚同士が少しずつ違う特徴を持つ「微小多様性」が見られます。
温暖化で危機にさらされる小さな世界
現在、地球温暖化により世界中の氷河が急速に溶けています。氷河が縮小すると、氷河の川も変化し、やがて消えてしまう可能性があります。
これは、氷河の川に住む特別な細菌たちにとって大きな危機です。特に、ある特定の山や川にしか住んでいない地域特有種や固有種は、住処を失えば絶滅してしまうかもしれません。他の場所から細菌が移動してくることも難しいため、一度失われた細菌コミュニティを復活させることはできないのです。
科学者たちは、これらの特別な細菌が持つ遺伝子の可能性を、彼らが消えてしまう前に調べる必要があると警告しています。これらの細菌は、極限環境で生きる知恵を持っているため、将来の医薬品開発や環境技術などに役立つかもしれないのです。
まとめ:この研究でわかったこと
- 氷河の川には、特別な細菌コミュニティが存在し、他の寒冷環境の細菌とは異なります。
- 全体の約62%の細菌は特定の山岳地帯にしか見つからない「地域特有種」で、約25%は1つの川にしか見つからない「固有種」です。
- 細菌の分布は、地理的な隔離(移動の制限)と環境への適応の両方によって決まります。
- 近い親戚同士の細菌が少しずつ違う特徴を持つ「微小多様性」が見られます。
- 気候変動による氷河の縮小で、これらの特別な細菌コミュニティが危機にさらされています。
- 私たちはこの独特の微生物世界を、消えてしまう前に理解する必要があります。
原論文の引用情報
Ezzat, L., Peter, H., Bourquin, M., Busi, S.B., Michoud, G., Fodelianakis, S., Kohler, T.J., Lamy, T., Geers, A., Pramateftaki, P., Baier, F., Marasco, R., Daffonchio, D., Deluigi, N., Wilmes, P., Styllas, M., Schön, M., Tolosano, M., De Staercke, V., & Battin, T.J. (2025). Diversity and biogeography of the bacterial microbiome in glacier-fed streams. Nature, 637, 622–630. https://doi.org/10.1038/s41586-024-08313-z