赤ちゃん肝臓の特別な力
みなさんは、雨の日に傘をさして学校に行ったことがありますか?傘がないと、雨でびしょぬれになってしまいますよね。実は、私たちの体の中で生まれる大切な「血液の赤ちゃん細胞」も、特別な「傘」が必要なんです!その傘をさしかけてくれるのが、お母さんのお腹の中にある赤ちゃんの「肝臓」なんですよ。
血液の赤ちゃん細胞はどこで育つの?
私たちの体には、赤い血液や白い血液など、いろいろな血液細胞があります。これらは全て、「血液幹細胞」という特別な赤ちゃん細胞から生まれます。この血液幹細胞は、お母さんのお腹の中で赤ちゃんが育つとき、最初は「胎盤」という場所で作られます。
でも、赤ちゃんが少し大きくなると(マウスでは妊娠12.5日目くらい)、この血液の赤ちゃん細胞たちは「肝臓」という新しい家に引っ越します。肝臓はとても特別な場所で、血液の赤ちゃん細胞がたくさん増えて、大人の血液細胞に育つための大切な「学校」のようなところなんです。
肝臓の家に引っ越したばかりの時は危険がいっぱい!
科学者たちは、この血液の赤ちゃん細胞が肝臓に引っ越したばかりの時、とても危険な状態にあることを発見しました。それは、血液の赤ちゃん細胞の中にある大切な「設計図」(DNA)が傷つきやすくなっているからです。
設計図が傷ついてしまうと、血液の赤ちゃん細胞はちゃんと育たなくなったり、病気の原因になったりすることがあります。特に「白血病」という病気は、この設計図が傷ついて起こることがあるんです。
科学者たちは、肝臓に引っ越したばかりの血液の赤ちゃん細胞に「エトポシド」という薬をかけると、設計図がボロボロに傷ついてしまうことを見つけました。これは、引っ越したばかりの時は、まだ誰も傘をさしかけてくれる人がいないからなんです。
図1の説明: この絵は、いろいろな場所(胎盤や肝臓)や時期の血液の赤ちゃん細胞がどれくらい傷つきやすいかを調べた実験です。上の部分(a)は実験の方法です。中央部分(b,c)では、初期の肝臓(E12.5-14.5)の血液の赤ちゃん細胞が一番傷つきやすいことがわかります。下の部分(d-m)では、早い時期(E12.5)に傷ついた血液の赤ちゃん細胞は、後で白血病になりやすいことを示しています。
肝臓にも「赤ちゃん」と「大人」がいる!
なぜ肝臓に引っ越したばかりの時は危険なのでしょうか?それは、肝臓自体もまだ「赤ちゃん」だからなんです!
肝臓は「肝細胞」という細胞でできています。これらの肝細胞も最初は少なくて、血液の赤ちゃん細胞より遅れて成長します。つまり、血液の赤ちゃん細胞が肝臓に来た時には、肝細胞はまだあまり育っていないんです。
科学者たちは、赤いマーカーで肝細胞を光らせる特別なマウスを使って、肝細胞の成長を観察しました。すると、初期の肝臓には肝細胞が少なく、血液の赤ちゃん細胞が多いことがわかりました。でも、だんだん肝細胞が増えてきて、血液の赤ちゃん細胞を守れるようになります。
図2の説明: この絵は、肝細胞と血液の赤ちゃん細胞の関係を調べた実験です。上の部分(a,b)では、赤く光る肝細胞を観察する方法を示しています。中央部分(c)では、初期の肝臓には肝細胞が少なく、後期になると増えることがわかります。下の部分(d-m)では、肝細胞を減らす実験をして、肝細胞が少ないと血液の赤ちゃん細胞が傷つきやすくなることを示しています。
肝細胞は「特別な傘」でDNAを守る
では、肝細胞はどうやって血液の赤ちゃん細胞を守っているのでしょうか?科学者たちは、肝細胞が「フェツインA」という特別なタンパク質を作っていることを発見しました。このフェツインAは、雨の日の傘のように血液の赤ちゃん細胞を守ってくれるんです!
フェツインAは肝細胞から出て、血液の赤ちゃん細胞の周りに行き、細胞の表面にある「TLR4」というアンテナにくっつきます。すると、血液の赤ちゃん細胞の中で特別な信号が送られて、DNAを守る仕組みが活性化するんです。
科学者たちは、フェツインAを取り除いたマウスを作りました。すると、このマウスの血液の赤ちゃん細胞は、普通のマウスよりもDNAが傷つきやすくなっていました。でも、フェツインAを注射すると、また守られるようになりました。
図3の説明: この絵は、フェツインAの働きを調べた実験です。上の部分(a-e)では、肝細胞からフェツインAが出ていることを確認しています。中央部分(f,g)では、フェツインAが血液の赤ちゃん細胞を守ることを示しています。下の部分(h-m)では、フェツインAがない(Fetua-/-)と血液の赤ちゃん細胞が傷つきやすくなるけど、フェツインAを注射すると守られることを示しています。
フェツインAは「もつれた糸」をほどいてくれる
血液の赤ちゃん細胞が肝臓に引っ越すと、とても忙しくなります。たくさん増えるために「DNA複製」という設計図のコピーをしながら、同時に「遺伝子発現」という設計図の読み取りもしなければなりません。これは、学校の授業中にノートを取りながら、同じノートのコピーも取るようなもので、とても大変です。
このとき、DNAとRNA(読み取られた情報)が絡まって「R-loop」という「もつれた糸」ができることがあります。このもつれた糸がたくさんできると、DNAが切れたり、傷ついたりしやすくなります。
フェツインAは、「BLM」というもつれた糸をほどく酵素を活性化させます。これによって、血液の赤ちゃん細胞の中のR-loopというもつれた糸が少なくなり、DNAが守られるんです。
図4の説明: この絵は、フェツインAがどうやってDNAを守るのかを調べた実験です。上の部分(a-c)では、フェツインAがTLR4にくっついて信号を送ることを示しています。中央部分(d-g)では、フェツインAがBLMという酵素を活性化することを示しています。下の部分(h-l)では、BLMがR-loopというもつれた糸を減らして、DNAを守ることを示しています。
フェツインAがないと白血病になりやすい
科学者たちは、フェツインAがないマウスを使って、R-loopとDNAの傷の関係を調べました。すると、フェツインAがないと、R-loopがたくさんでき、DNAに傷がつきやすくなることがわかりました。
特に、血液を作るのに大切な遺伝子の部分に、R-loopがたくさんできていました。これらの遺伝子は、白血病という病気でよく変異が見つかる場所です。
実際に、フェツインAがないマウスは、普通のマウスより白血病になりやすいことも確認されました。これは、フェツインAという特別な傘がないと、DNAが傷ついて病気になりやすいということなんです。
図5の説明: この絵は、フェツインAがないとどうなるかを調べた実験です。上の部分(a-d)では、フェツインAがないとR-loopが増えて、DNAに傷がつきやすくなることを示しています。中央部分(e-g)では、R-loopが多い場所とDNAに傷がつく場所が同じであることを示しています。下の部分(h)では、フェツインAがないマウスは白血病になりやすいことを示しています。
この研究はどうしてすごいの?
この研究は、赤ちゃんの発達中に起こる病気、特に子どもの白血病の原因を理解するのに役立ちます。
今までは、なぜ子どもが白血病になるのか、よくわかっていませんでした。でも、この研究で、お母さんのお腹の中で赤ちゃんの肝臓が十分に発達していない時期に、血液の赤ちゃん細胞のDNAが傷つきやすいことがわかりました。
将来は、フェツインAのような「特別な傘」を使って、赤ちゃんの血液幹細胞を守り、子どもの白血病を予防できるかもしれません。
ヒトでも同じことが起きている
科学者たちは、人間の赤ちゃんの肝臓でも同じことが起きているか調べました。すると、やはり初期の肝臓(妊娠7-10週)では、フェツインAが少なく、血液の赤ちゃん細胞が傷つきやすいことがわかりました。
さらに、白血病の子どもの骨髄では、フェツインAが少ないことも見つかりました。これは、フェツインAが少ないと白血病になりやすい可能性を示しています。
まとめ:この研究でわかったこと
- 血液の赤ちゃん細胞(血液幹細胞)は、最初は胎盤にいて、後で肝臓に引っ越します。
- 肝臓に引っ越したばかりの時期は、まだ肝細胞が少なく、血液の赤ちゃん細胞が守られていません。
- 肝細胞が成長すると、フェツインAという特別なタンパク質を出して、血液の赤ちゃん細胞を守ります。
- フェツインAはTLR4というアンテナにくっついて、BLMという酵素を活性化します。
- BLMは「R-loop」というもつれた糸をほどいて、DNAが傷つくのを防ぎます。
- フェツインAがないと、DNAに傷がつきやすくなり、白血病になりやすくなります。
- この保護の仕組みはヒトでも同じように働いています。
原論文の引用情報
Guo, X., Wang, Y., Liu, Y. et al. Fetal hepatocytes protect the HSPC genome via fetuin-A. Nature 637, 402–411 (2025). https://doi.org/10.1038/s41586-024-08307-x