トウモロコシの種の乾き方を調節する不思議な小さなタンパク質
みなさんは、お洗濯物が乾くスピードは天気によって変わることを知っていますか?晴れた日は早く乾くけど、曇りや雨の日はなかなか乾きませんよね。実は、トウモロコシの種(タネ)も、乾くスピードがとても大事なんです!今日は、トウモロコシの種の乾き方を調節する「魔法の雫」のお話をします。
トウモロコシの種が乾くスピードはなぜ大事なの?
農家さんがトウモロコシを収穫するとき、大きな機械を使うことがあります。この機械で収穫するには、トウモロコシの種が「ちょうどいい乾き具合」になっていないといけません。水分が多すぎると機械が上手く動かなかったり、収穫した後にカビが生えたりしてしまうのです。
でも、中国やほかの多くの国では、トウモロコシの収穫時期に種の水分が多すぎる問題があります。機械収穫には15%から25%の水分がちょうどいいのですが、実際には30%から40%もの水分があるのです!これでは機械での収穫が難しく、収穫後に種を乾かすためのお金と時間もたくさんかかってしまいます。
そこで科学者たちは、トウモロコシの種がもっと早く乾くようにする方法を探していました。まるで、お洗濯物を早く乾かす特別な方法を見つけるようなものです。
遺伝子の中に隠れていた「魔法の雫」
科学者たちは、トウモロコシの種の乾き方を調べるために、たくさんの実験をしました。そして、qKDR1という特別な遺伝子の場所を見つけました。この遺伝子の場所は、種の乾くスピードに大きく影響していたのです。
もっと詳しく調べると、この遺伝子の近くにRPGという別の遺伝子があることがわかりました。RPGは、microRPG1(マイクロアールピージーワン)という、とても小さなタンパク質を作る設計図でした。このタンパク質は、わずか31個のアミノ酸(タンパク質の材料)でできていて、まるで「魔法の雫」のように種の水分を調節していたのです!
図1の説明: この図は、qKDR1という遺伝子の場所と、種の乾き方の関係を示しています。左側の絵(A)は、qKDR1が種の乾き方に影響する最も重要な場所であることを示しています。真ん中の絵(B)は、遺伝子の違いによるトウモロコシの見た目の違いです。右側の絵(C-I)は、qKDR1を細かく調べた結果と、それが種の乾燥にどう影響するかを示しています。
「魔法の雫」はどうやって働くの?
科学者たちは、この「魔法の雫」(microRPG1)がどのように働くのか調べました。実験の結果、この小さなタンパク質は、エチレンという植物ホルモンの働きを調節していることがわかりました。
エチレンは、果物を熟させる「熟れるスイッチ」のようなもので、バナナやリンゴが熟すときにも関わっています。トウモロコシの種でも、このエチレンが多すぎると早く乾いてしまうのです。
「魔法の雫」は、ZmEIL1とZmEIL3というエチレンの信号を伝える遺伝子の働きを調節します。まるで音楽のボリュームつまみのように、これらの遺伝子の働きを弱めることで、種が急に乾燥しないようにブレーキをかけているのです。
図5の説明: この図は、「魔法の雫」(microRPG1)がエチレン信号をどう調節するかを示しています。上の部分(A, B)は、「魔法の雫」がなくなったり増えたりしたときに、どの遺伝子の働きが変わるかを調べた結果です。中央部分(C, D)は、エチレン信号に関わる遺伝子の関係を示しています。下の部分(E-M)は、「魔法の雫」がエチレン信号の遺伝子(ZmEIL1とZmEIL3)の働きを調節し、それによって種の乾き方が変わることを示しています。
「魔法の雫」の不思議な誕生物語
科学者たちはさらに、この「魔法の雫」がどこから来たのか調べました。すると驚くべきことに、この小さなタンパク質は、つい最近(約65万年前)になってトウモロコシの仲間(Zea属)だけに生まれた新しいものだったのです!
DNA(遺伝情報)の中で、たった1つの文字(塩基)が変わっただけで、この「魔法の雫」を作れるようになりました。これは、本の中の1文字が変わっただけで、全く新しい物語が生まれたようなものです。トウモロコシの近い親戚(Tripsacum属)には似た配列があっても、この「魔法の雫」は作れないのです。
図6の説明: この図は、「魔法の雫」(microRPG1)がどのように誕生したかを示しています。トウモロコシの仲間(Zea属)とその近い親戚(Tripsacum属)には似たDNA配列がありますが、トウモロコシの仲間だけがたった1つの文字の違い(ACGからATGへの変化)によって、この小さなタンパク質を作れるようになりました。
「魔法の雫」は他の植物でも働く!
科学者たちは、この「魔法の雫」がトウモロコシだけでなく、全然違う種類の植物でも働くのか試してみました。シロイヌナズナという、科学実験でよく使われる小さな植物に「魔法の雫」を与えると、なんとシロイヌナズナの種(サヤ)も乾きにくくなったのです!
これは、「魔法の雫」が植物の基本的な仕組みに働きかけていることを示しています。つまり、この小さなタンパク質の発見は、トウモロコシだけでなく、さまざまな植物の種の乾き方を調節する可能性があるのです。まるで、どんな洗濯物にも使える特別な「乾き調節剤」を見つけたようなものですね。
図7の説明: この図は、「魔法の雫」(microRPG1)がシロイヌナズナにも効果があることを示しています。上の部分(A-G)は、「魔法の雫」を与えたシロイヌナズナの種(サヤ)が乾きにくくなることを示しています。下の部分(H)は、「魔法の雫」が植物の細胞の中に入り込む様子を、緑色の蛍光で観察した結果です。一番下(I)は、この研究で分かった「魔法の雫」の働き方のまとめです。
この研究はなぜスゴイの?
この研究は、農業に大きな影響を与える可能性があります。「魔法の雫」(microRPG1)がない(または働きが弱い)トウモロコシは、種が早く乾くため、機械での収穫がしやすくなります。実験では、この「魔法の雫」をなくすと、収穫時の種の水分が平均で7.1%、最大で17.0%も減ったのです!
また、この研究は、小さなタンパク質(マイクロペプチド)が植物の重要な機能を調節できることを示しました。これまであまり注目されていなかった小さなタンパク質の重要性が明らかになったのです。
さらに、非常に最近になって新しい遺伝子が生まれる過程も見ることができました。たった1つの文字の変化で、全く新しい機能が生まれたのです。これは、生物の進化を理解する上でも貴重な発見です。
まとめ:この研究でわかったこと
- トウモロコシの種の乾き方を調節するqKDR1という遺伝子の場所が見つかりました。
- qKDR1はRPGという遺伝子の働きを調節しています。
- RPGはmicroRPG1という小さなタンパク質(31アミノ酸)を作ります。
- microRPG1はエチレン信号を調節して種の乾き方をコントロールします。
- microRPG1は65万年前にトウモロコシの仲間だけに生まれた新しいタンパク質です。
- microRPG1をなくすと、トウモロコシの種が早く乾くようになります。
- microRPG1はシロイヌナズナなど他の植物にも同じ効果があります。
- この発見は、機械収穫に適したトウモロコシの品種改良に役立ちます。
原論文の引用情報
Yu, Y., Li, W., Liu, Y., Liu, Y., Zhang, Q., Ouyang, Y., ... & Yan, J. (2024). A Zea genus-specific micropeptide controls kernel dehydration in maize. Cell, Published online November 12, 2024. https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.10.030