がんと戦う体の中の「道しるべ屋さん」
みなさんは、学校で迷子になったことはありませんか?そんなとき、案内してくれる人がいたら助かりますよね。実は、私たちの体の中にも「道しるべ屋さん」がいて、体を守る兵士たちを案内しているんです!この道しるべ屋さんは、線維芽細胞様細網細胞(せんいがさいぼうようさいもうさいぼう)、略してFRCといいます。
この研究では、肺がんの周りにいる道しるべ屋さん(FRC)が、私たちの体を守るT細胞という兵士たちをがんに連れていき、がん細胞をやっつけるのを助けていることがわかりました。
体の中の防衛隊とその案内人
私たちの体には「免疫システム」という、体を守るための防衛隊があります。この防衛隊の中でも、T細胞は特別な訓練を受けた兵士のようなもので、体に入ってきた細菌やウイルス、そしてがん細胞を見つけて攻撃します。
でも、T細胞が活躍するためには、どこに敵(がん細胞)がいるのか知る必要があります。そこで登場するのがFRCという道しるべ屋さんです!FRCは、道路標識のように特別な化学物質(CCL19やCCL21)を出して、T細胞に「こっちだよ!がん細胞はこっちだよ!」と教えてくれるのです。
まるで迷子になった人に「駅はあっちですよ」と教えてくれる親切な人のように、FRCはT細胞にがんへの道を教えてくれます。
図1:肺がんにおけるCCL19を発現する線維芽細胞様細網細胞の種類
図1の説明: この絵は肺がんとその周りの組織を調べた結果です。上の部分(A)はCTスキャンで、黄色い線で囲まれた部分ががんです。中央の部分(B, C)では、T細胞やB細胞(どちらも体を守る兵士)が集まっている様子がわかります。特に真ん中の境目(CM)にたくさん集まっていて、矢印で示された「T細胞の通り道」が見えます。下の部分(D-J)は、道しるべ屋さん(FRC)がCCL19という道標を出している様子を示しています。K-Nの部分は、道しるべ屋さんにも「血管の周りで働くタイプ(PRC)」と「T細胞ゾーンで働くタイプ(TRC)」があることを示しています。
肺がんの周りにある「T細胞の町」
がんの周りには、T細胞がたくさん集まる特別な場所があります。これを三次リンパ組織(TLS)と呼びます。これは、まるで兵士たちの「基地」や「町」のようなものです。
科学者たちが肺がんを詳しく調べたところ、がんの真ん中側の境目(中央境界:CM)には、このT細胞の町(TLS)がたくさんあることがわかりました。一方、肺の外側の境目(胸膜下境界:SM)には、あまり見られませんでした。
そして驚くべきことに、このT細胞の町(TLS)から、T細胞の通り道がまるで道路のようにがんの中まで伸びていたのです!これらの道は全て、FRCという道しるべ屋さんが作っていました。
図2の説明: この図は、T細胞の町(TLS)とT細胞の通り道が、どのようにつながっているかを示しています。上の部分(A, B)は、連続した薄い切片を作って顕微鏡で見たものです。中央の部分(C)では、T細胞の町とT細胞の通り道がつながっている様子がわかります(丸と線で示されています)。下の部分(D-H)では、道しるべ屋さん(FRC)が出しているCCL19という道標が、通り道に沿って強くなったり弱くなったりしていることがわかります。これは、T細胞を正しい方向に導くための「道しるべ」なのです!
道しるべ屋さんとT細胞の協力関係
道しるべ屋さん(FRC)とT細胞は、まるで仲の良い友だちのように協力し合っています。高性能の顕微鏡で見ると、FRCとT細胞が触れ合って「おしゃべり」しているように見えます!
このおしゃべりの中で、FRCはT細胞に「ここに来て!」「こっちの方向に行って!」「元気に活動して!」などの指示を出しています。一方、T細胞もFRCに「もっと道標を出して!」「通り道を整備して!」などの要求をしています。
科学者たちはこの「おしゃべり」を詳しく調べるために、FRCとT細胞が出している遺伝子(設計図のようなもの)を一つ一つ分析しました。すると、FRCとT細胞の間では様々な信号分子のやりとりがあることがわかりました。
図3の説明: この図は、道しるべ屋さん(FRC)とT細胞のおしゃべりを示しています。上の部分(A-C)では、FRCとT細胞が実際に触れ合っている様子が紫色で示されています(矢印)。中央の部分(D-F)は、T細胞にも様々な種類があり、それぞれが道しるべ屋さんと違う「おしゃべり」をしていることを示しています。下の部分(G-L)では、おしゃべりで使われている「言葉」(分子)の種類と、実際に分裂しているT細胞(KI67+)が道しるべ屋さんの近くにいる様子がわかります。
道しるべ屋さんはどこから来るの?
ここで疑問が湧きますね。この道しるべ屋さん(FRC)は、どこからやって来るのでしょうか?
科学者たちは、FRCの「家系図」を調べました。すると、FRCには2つの主要な「家系」があることがわかりました:
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血管の周りで働くFRC(PRC):これらは血管の周りの細胞(血管平滑筋細胞やペリサイト)から生まれます。まるで川の近くに住んでいた人が、川の案内人になるようなものです。
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T細胞ゾーンで働くFRC(TRC):これらは肺の外側の組織にある細胞(外膜線維芽細胞)から生まれます。まるで大きな通りに住んでいた人が、町の案内人になるようなものです。
これらの「元となる細胞」が、がんができたときに特別な変化を遂げて、道しるべ屋さんになるのです!
図4の説明: この図は、道しるべ屋さん(FRC)の「家系図」を示しています。上の部分(A, B)は、コンピュータ解析によって見つかった2つの家系(T1とT2)です。中央の部分(C-H)は、血管周囲の細胞から生まれるFRC(PRC)の特徴を示しています。これらは、DESやACTA2、TNSなどの特別なタンパク質を持っています。下の部分(I-L)は、外膜線維芽細胞から生まれるFRC(TRC)の特徴と、それらがどのように組織化されるかを示しています。
マウスを使った実験で確かめる
科学者たちは、これらの発見が本当かどうかを確かめるために、特別なマウスを使って実験しました。このマウスは、FRCが黄色い蛍光色(EYFP)で光るように遺伝子を改変しています。
マウスに肺がんを作ると、黄色く光るFRCが実際にT細胞の通り道やT細胞の町(TLS)を作っていることが確認できました!さらに、科学者たちは特別な技術を使って、どの細胞からFRCが生まれるのかも確かめました。
その結果、人間の肺がんで見られたのと同じように、マウスでも血管周囲の細胞と外膜線維芽細胞からFRCが生まれることが確認されました。
図5:マウスの肺腫瘍におけるCcl19発現線維芽細胞様細網細胞の種類
図5の説明: この図は、黄色く光るFRC(EYFP、緑色で表示)を持つマウスの実験結果です。上の部分(A-D)では、肺がん(TOMATO、赤色)の中や周りでFRCがT細胞(CD8、白色)と触れ合っている様子が紫色で示されています。中央の部分(E-H)は、FRCの遺伝子解析と、特定のタンパク質(SULF1やDES)を持つFRCの位置を示しています。下の部分(I-Q)は、がんが成長する途中でのFRCの変化と、特別な「系譜追跡」という技術を使って、FRCがどの細胞から生まれるかを確かめた結果です。
ウイルスワクチンでT細胞の町を作る
マウスの肺がんでは、人間の肺がんほどT細胞の町(TLS)が自然にはできませんでした。そこで科学者たちは、コロナウイルスベクターという特別なウイルスワクチンを使って、人工的にT細胞の町を作る実験をしました。
このワクチンには、がん細胞に特有のタンパク質(gp33)と、免疫細胞を活性化させる物質(Flt3l)が含まれています。マウスにこのワクチンを注射すると、がんの周りにT細胞の町が形成され、FRCのネットワークも発達しました!
これは、まるで新しい町を計画的に作るように、体の中に「T細胞の町」を人工的に作れることを示しています。この町からは、FRCが作るT細胞の通り道がガン組織の中まで伸びていました。
図6:コロナウイルスベクターを用いた免疫療法におけるCcl19発現線維芽細胞様細網細胞の種類
図6の説明: この図は、ウイルスワクチン(mCOV-Flt3l-gp33)を使った実験結果です。上の部分(A-D)では、ワクチン接種後にがんの周りにT細胞の町(TLS)ができ、FRC(緑色)がT細胞(白色)と触れ合っている様子が示されています。中央の部分(E-H)は、ワクチン接種後のFRCの遺伝子解析と、「T3」と名付けられた新しい分化経路を示しています。下の部分(I, J)では、ワクチン接種後15日目の細胞を追跡すると、それらが増殖してT細胞の町を支えるFRCになることがわかります。
道しるべ屋さんがいなくなるとどうなる?
最後に科学者たちは、「もし道しるべ屋さん(FRC)がいなくなったら、T細胞は正しくがん細胞を攻撃できるのだろうか?」という疑問を調べました。
そのために、FRCを特異的に取り除ける特別なマウス(Ccl19-EYFP/DTR)を使いました。このマウスにジフテリア毒素という物質を与えると、FRCだけが死んでしまいます。
実験の結果、FRCがいなくなると:
- がんの周りや中にいるT細胞の数が大幅に減った
- がん特異的なT細胞(がんだけを攻撃する特別なT細胞)の数が減った
- T細胞の活性化状態や増殖能力が低下した
- がんがより大きく、より多く成長した
これらの結果から、道しるべ屋さん(FRC)がT細胞をがんに導き、活性化させる重要な役割を持っていることが証明されました!
図7:Ccl19発現線維芽細胞様細網細胞は抗腫瘍T細胞応答を制御する
図7の説明: この図は、FRCを取り除いた実験の結果です。上の部分(A-E)では、FRCを取り除いたマウス(DTR+)では、T細胞の数が減り、がんが大きくなることが示されています。中央の部分(F-H)は、FRCがいなくなるとT細胞の遺伝子活性が変化し、特に「疲れた」状態(exhausted)になることを示しています。下の部分(I-N)では、特別なT細胞(P14細胞)を使った実験で、FRCがいないとT細胞の数、活性(IFNG, TNF, GZMB)、増殖能力(KI67)が低下し、疲労マーカー(KLRG1, PD1など)が増加することがわかります。
この研究はなぜスゴイの?
この研究は、がん免疫療法という新しいがん治療法の発展につながる可能性があります。がん免疫療法は、患者さん自身の免疫システムを強化して、がんと戦わせる治療法です。
今回の研究では、FRCという道しるべ屋さんが、T細胞を正しく導き活性化させることで、がんを攻撃するのを助けていることがわかりました。
将来、FRCの働きを促進する薬を開発できれば、T細胞ががんにもっと効果的に到達し、攻撃できるようになるかもしれません。特に、免疫チェックポイント阻害剤という現在のがん免疫療法と組み合わせることで、より効果的ながん治療が可能になるかもしれないのです。
まとめ:この研究でわかったこと
- 肺がんの周りには道しるべ屋さん(FRC)がいて、T細胞ががんを見つけて攻撃するのを手伝っています。
- FRCはT細胞の町(TLS)とT細胞の通り道という特別な環境を作り、T細胞の活動を支援しています。
- FRCには2つのタイプがあり、血管周囲の細胞と外膜線維芽細胞からそれぞれ生まれます。
- FRCとT細胞はお互いに信号を送りあってコミュニケーションをとっています。
- ウイルスワクチンを使うと、人工的にT細胞の町を作ることができます。
- FRCがいなくなると、T細胞ががんを攻撃する能力が低下し、がんがより成長します。
- FRCの働きを利用することで、より効果的ながん免疫療法につながる可能性があります。
原論文の引用情報
Onder, L., Papadopoulou, C., Lütge, A., Cheng, H.-W., Lütge, M., Perez-Shibayama, C., Gil-Cruz, C., De Martin, A., Kurz, L., Cadosch, N., Pikor, N. B., Rodriguez, R., Born, D., Jochum, W., Leskow, P., Dutly, A., Robinson, M. D., & Ludewig, B. (2024). Fibroblastic reticular cells generate protective intratumoral T cell environments in lung cancer. Cell, Published online November 19, 2024. https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.10.042