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脳のおしゃべり好きながん細胞のひみつ

みなさんは、お友だちとおしゃべりするのが好きですか?楽しいことや大切な情報を伝えるとき、わたしたちはおしゃべりします。実は、わたしたちの脳の中に住んでいる「がん細胞」も、脳の中の「神経細胞」とおしゃべりしているんです!

この「脳のがん細胞」は神経膠芽腫(しんけいこうがしゅ)という、脳の中で育つがんの一種です。ちょうど、クラスに新しく転校してきた子がすぐにみんなと友だちになるように、この脳のがん細胞も神経細胞とあっという間におしゃべり友だちになってしまうのです。

どうやってがん細胞と神経細胞のおしゃべりを見つけたの?

科学者たちは、がん細胞と神経細胞がどうやっておしゃべりしているのか調べるために、特別な「狂犬病ウイルス」を使いました。このウイルスは、神経細胞と神経細胞の間を旅する特別な能力を持っています。

ちょうど、誰かがうわさ話をすると、それがだれからだれへと伝わっていくように追跡できるようなものです。科学者たちは、このウイルスを改造して、がん細胞と「おしゃべりしている」神経細胞だけが緑色に光るようにしました。

こうすることで、「がん細胞くん、こんにちは!」とおしゃべりしている神経細胞だけを見つけることができるのです!

図1:がん細胞と神経細胞のネットワークを調べる方法

図1の説明: この絵は、狂犬病ウイルスを使って、がん細胞(白い星印)と神経細胞(緑色の矢印)のおしゃべりを見えるようにした実験です。緑色に光っている神経細胞は、がん細胞とおしゃべりをしている「おしゃべり友だち神経細胞」です。緑色になっていない神経細胞(矢じりで示されている)は、がん細胞とおしゃべりしていない神経細胞です。

がん細胞はあっという間に神経細胞のお友だちになる!

科学者たちが驚いたのは、がん細胞がとても速く神経細胞とおしゃべり友だちになることでした。なんと、わずか数時間でおしゃべりを始めるのです!

これは、転校初日に学校中の子と友だちになってしまうような、すごいスピードです。がん細胞は、「シナプス」という特別なおしゃべり場所で神経細胞と会話します。ちょうど、友だちと公園で会って話すように、シナプスでがん細胞と神経細胞は情報をやりとりするのです。

さらに驚いたことに、がん細胞は近くの神経細胞だけでなく、脳の反対側の神経細胞ともおしゃべりしているのがわかりました!これは、学校の友だちだけでなく、別の町の子とも電話でおしゃべりしているようなものです。

図2:がん細胞と神経細胞の機能的なネットワーク

図2の説明: この絵は、がん細胞と神経細胞がどうやって「おしゃべり」しているかを調べた実験結果です。上の部分(A)では、実験の方法を示しています。中央部分(C-E)では、神経細胞の電気信号を測定し、がん細胞との会話がどのように行われているかを示しています。下の部分(F-G)では、がん細胞が神経細胞からのメッセージをどうやって受け取るかを示しています。

いろいろな種類の神経細胞がおしゃべり好き

わたしたちの脳には、いろいろな種類の神経細胞がいます。それぞれが違う「言葉」(神経伝達物質)を使ってお話しています。たとえば、グルタミン酸を使う神経細胞や、アセチルコリンを使う神経細胞などです。

科学者たちはこれらの神経細胞の中で、特にアセチルコリンを使う神経細胞コリン作動性神経)ががん細胞と仲良くなりやすいことを発見しました!

これは、クラスの中でも特に話し好きな子がいて、その子が転校生とすぐに友だちになるようなものです。アセチルコリンを使う神経細胞からのおしゃべりは、がん細胞を「もっと動き回るように」と促しているようです。

図5:脳のさまざまな地域からのがん細胞への入力

図5の説明: この絵は、脳のどの地域の神経細胞ががん細胞とおしゃべりしているかを示しています。上の部分(A-C)は、脳の異なる場所にあるがん細胞が、どの神経細胞とつながっているかを示しています。中央部分(D-F)では、がん細胞が時間とともにどんどん多くの神経細胞とおしゃべりするようになることを示しています。下の部分(H-I)では、さまざまな種類の神経細胞がどれくらいがん細胞とおしゃべりしているかを示しています。

アセチルコリンというおしゃべりががん細胞を元気にする

科学者たちは、どんな「おしゃべり言葉」ががん細胞を最も元気にするか調べました。そのために、がん細胞に様々な神経伝達物質を直接かけてみる実験をしました。

すると、アセチルコリンという物質をかけたとき、がん細胞がとても反応することがわかりました!これは、アセチルコリンというおしゃべりががん細胞にとって「大好きな話題」だということです。

実際、アセチルコリンを使う神経細胞と一緒にいるがん細胞は、一人ぼっちのがん細胞よりも速く動き回り、たくさん増えることがわかりました。

図6:コリン作動性入力のがん細胞への影響

図6の説明: この絵は、アセチルコリンががん細胞にどう影響するかを示しています。上の部分(A-D)では、アセチルコリンをがん細胞にかけるとカルシウム信号が出ることを示しています。中央部分(E-G)では、アセチルコリン受容体ががん細胞の動きと増殖にどう影響するかを示しています。下の部分(H-I)では、アセチルコリン受容体をなくしたがん細胞が、あまり増えられなくなったことを示しています。

放射線治療が神経細胞のおしゃべりを増やしてしまう!

がん細胞を治療するために、よく放射線治療が使われます。これは、強い光線をがん細胞に当てて、がん細胞を弱らせる治療法です。

しかし、科学者たちが驚いたことに、放射線治療を受けたがん細胞は、むしろ神経細胞とのおしゃべりが増えてしまうことがわかりました!これは、放射線が神経細胞を興奮させて、より活発におしゃべりするようにしてしまうからです。

これは、先生に注意されたクラスがかえってうるさくなってしまうようなものです。放射線治療が神経細胞を興奮させ、その興奮した神経細胞ががん細胞ともっとおしゃべりするようになり、がん細胞を助けてしまうのです。

図7:神経腫瘍ネットワークを壊すことでがん細胞をやっつける

図7の説明: この絵は、放射線治療と神経細胞のおしゃべりの関係を示しています。上の部分(A-B)では、放射線治療後に、がん細胞と神経細胞のおしゃべりが増えることを示しています。中央部分(C-D)では、放射線治療後の神経細胞が以前より活発におしゃべりしていることを示しています。下の部分(E-O)では、神経細胞のおしゃべりを抑える薬(ペランパネル)が、放射線治療と組み合わせると、がん細胞を効果的に減らせることを示しています。

神経細胞とのおしゃべりを止めるとがん細胞は弱くなる

科学者たちは、「がん細胞と神経細胞のおしゃべりを止められたら、がん細胞を弱くできるのでは?」と考えました。

そこで、特別な方法でがん細胞とおしゃべりしている神経細胞だけを取り除く実験をしました。すると、おしゃべり相手がいなくなったがん細胞は増えることができなくなりました!

また、ペランパネルという薬で神経細胞のおしゃべりを少なくする実験もしました。この薬と放射線治療を一緒に使うと、がん細胞をより効果的に減らすことができました。

これは、おしゃべり好きな友だちがいなくなると、転校生が学校に馴染めなくなるのに似ています。神経細胞とのおしゃべりができなくなったがん細胞は、生き残ることが難しくなるのです。

図7:神経膠芽腫をターゲットにする方法

図7の説明: この絵の最後の部分(P-R)では、がん細胞とおしゃべりしている神経細胞だけを取り除く実験の結果を示しています。おしゃべり相手の神経細胞がいなくなると、がん細胞も増えることができなくなりました。

この研究はなぜスゴイの?

この研究は、脳のがん(神経膠芽腫)の新しい治療法につながるかもしれません。

今までは、がん細胞そのものを攻撃する方法が主でした。でも、この研究から、がん細胞と神経細胞のおしゃべりを止めることでもがんを治療できる可能性がわかりました。

将来、放射線治療と神経細胞のおしゃべりを抑える薬を組み合わせる治療法や、がん細胞とおしゃべりしている神経細胞だけを狙い撃ちにする治療法が開発されるかもしれません。そうすれば、今よりもっと効果的に脳のがんを治せるようになるかもしれないのです。

まとめ:この研究でわかったこと

  1. 脳のがん細胞(神経膠芽腫)は、神経細胞と速やかに「おしゃべり」(シナプス結合)します。
  2. がん細胞は近くの神経細胞だけでなく、脳の反対側の神経細胞ともおしゃべりします。
  3. 特にアセチルコリンを使う神経細胞は、がん細胞をより動き回らせる効果があります。
  4. 放射線治療は、神経細胞をより活発にさせて、がん細胞とのおしゃべりを増やしてしまいます。
  5. 神経細胞のおしゃべりを抑えると放射線治療を組み合わせると、がん細胞をより効果的に減らせます
  6. がん細胞とおしゃべりしている神経細胞を取り除くと、がん細胞の増殖を止められます

原論文の引用情報

Tetzlaff, S. K., Reyhan, E., Layer, N., Bengtson, C. P., Heuer, A., Schroers, J., Faymonville, A.J., Langeroudi, A. P., Drewa, N., Keifert, E., et al. (2024). Characterizing and targeting glioblastoma neuron-tumor networks with retrograde tracing. Cell, Published online December 6, 2024. https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.11.002

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