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脳の中の「バトンリレー基地」と記憶のひみつ

みなさんは、運動会のバトンリレーをしたことがありますか?バトンを次の走者に渡して、みんなでゴールを目指しますよね。実は、わたしたちの脳の中でも、とってもすごい「バトンリレー」が行われているんです!

脳の中には「神経細胞」という細胞がたくさんあって、その神経細胞同士が情報のバトンをつないでいます。そして今日は、この神経細胞の腕の部分(樹状突起といいます)で見つかった、特別な「バトンリレー基地」についてお話しします。

脳の中の「バトンリレー基地」って何?

科学者たちは、最新の超高性能顕微鏡を使って、神経細胞の中をとても詳しく観察しました。すると、神経細胞の腕(樹状突起)の中に、はしごのような形をした構造を発見したのです!

このはしご状の構造は、「小胞体」という細胞の中の部品が作っています。小胞体は、細胞の中で荷物を運んだり、大切な物質を作ったりする工場のような役割をしています。そして、このはしごの横棒の先端は、細胞の外側の壁(細胞膜)とくっついていました。

この小胞体と細胞膜がくっつく場所こそが、「バトンリレー基地」なのです!面白いことに、この基地は約1マイクロメートル(髪の毛の太さの100分の1くらい)の間隔で、規則正しく並んでいました。まるで、運動会のトラックにバトン渡しのポイントが等間隔に設置されているようなものです。

図1:神経細胞の中のはしご状構造とバトンリレー基地

図1の説明: これは神経細胞の腕(樹状突起)の写真と図です。上の絵(A)は神経細胞の全体像で、太い部分(太い枝)、中間の太さの部分(中間の枝)、細い部分(細い枝)があります。真ん中の絵(B, C)では、はしご状の小胞体(緑色)と細胞膜(青色)がどう配置されているかを示しています。下の絵(D-L)では、特殊なタンパク質(JPH3)が基地の場所を教えてくれることや、マウスの脳でも同じ構造が見つかったことを示しています。

「バトンリレー基地」には特別な装置がある!

科学者たちは、「バトンリレー基地」をさらに詳しく調べました。すると、基地には特別な装置がたくさん集まっていることがわかりました。

まず、細胞膜側には「カルシウムチャネル」という装置があります。これは、細胞の外からカルシウムイオン(Ca²⁺)というとても小さな粒子を中に入れる門のような役割をします。

そして、小胞体側には「リアノジン受容体」という別の装置があります。これは、小胞体の中に貯めておいたカルシウムイオンを、必要なときに細胞の中に放出する扉のような役割をします。

これらの装置は、神経細胞が情報を処理するために必要な「カルシウムシグナル」という特別な信号を作り出すのです。カルシウムシグナルは、学習や記憶に関わる大切な情報のバトンなのです!

図4:バトンリレー基地に集まるカルシウムチャネル

図4の説明: この図では、「バトンリレー基地」に集まるカルシウムチャネル(CaV2.1とCaV2.2)を示しています。上の部分(A-D)では、カルシウムチャネルが小さな点(緑色)として規則正しく並んでいることがわかります。中央の部分(E-G)では、JPH3というタンパク質がないと、カルシウムチャネルが正しく配置されないことを示しています。下の部分(H-O)では、神経細胞が活動すると、基地が大きくなり、カルシウムチャネルもより多く集まることを示しています。

遠くまで伝わるカルシウムのメッセージ

では、この「バトンリレー基地」は、どのように情報を伝えるのでしょうか?

科学者たちは、神経細胞の小さな突起(スパインといいます)の1つだけを刺激する実験をしました。すると驚いたことに、その刺激によるカルシウムシグナルが、刺激した場所から20マイクロメートル以上も離れた場所まで伝わっていくことがわかったのです!

これは、運動会でバトンを渡したら、次の走者だけでなく、その先の3人目、4人目の走者まで同時に走り始めるようなものです。しかも、不思議なことに、カルシウムシグナルが強く現れる場所は、約1マイクロメートル間隔で規則的に並んでいました。これは、「バトンリレー基地」の並び方とぴったり一致します!

つまり、一つのスパインが受け取った情報が、「バトンリレー基地」のネットワークを通じて遠くまで伝わり、多くの基地が同時に反応することで、神経細胞全体に情報が広がるのです。これは、脳が情報を処理する新しい仕組みの発見なのです!

図7:カルシウムシグナルの長距離伝達

図7の説明: この図は、一つのスパインを刺激したときに、カルシウムシグナルがどう広がるかを示しています。上の部分(A, B)は実験方法と結果の例です。中央の部分(C-E)では、カルシウムシグナルが約1マイクロメートル間隔で強く現れ、それがリアノジン受容体に依存していることを示しています。下の部分(F)は、バトンリレー基地がどのように情報を遠くまで伝えるか、その仕組みの図解です。

脳の計算方法の新発見!

この研究の面白いところは、科学者たちがハエの脳でも同じ「バトンリレー基地」を見つけたことです。ハエと人間は全然違う生き物ですが、脳の中では同じような仕組みを使っているのです!これは、この仕組みが進化の過程でとても大切なものだったということを示しています。

図2:ハエの脳にも存在する「バトンリレー基地」

図2の説明: この図では、ハエの脳の神経細胞にも、はしご状の小胞体構造と「バトンリレー基地」があることを示しています。上の部分(A, B)は、ハエの神経細胞内のはしご状構造の全体像です。下の部分(C, D)では、小胞体(緑色)と細胞膜(青色)の接触部分(マゼンタ色)が規則的に並んでいることを示しています。

また、「バトンリレー基地」は安定した構造で、細胞の中の他の部品が動いても、基地の位置は変わりませんでした。これは、まるで運動会のバトンリレーで、走者が変わっても、バトンを渡す場所は変わらないのと同じです。

図3:安定した「バトンリレー基地」

図3の説明: この図では、「バトンリレー基地」が安定して存在することを示しています。上の部分(A-C)では、小胞体の形は変わっても、基地の位置は変わらないことを示しています。中央の部分(D-G)では、細胞内の他の部品(リソソームやミトコンドリア)がはしご構造を通り抜けることを示しています。下の部分(H-J)では、細胞骨格を壊しても基地の配置は変わらないことを示しています。

「バトンリレー基地」と学習・記憶のつながり

「バトンリレー基地」がカルシウムシグナルを伝えると、そこには「CaMKII」というタンパク質が集まってきます。このCaMKIIは、学習や記憶に非常に重要なタンパク質なのです!

科学者たちは、神経細胞を刺激すると、CaMKIIが「バトンリレー基地」に集まってくるのを観察しました。そして、カルシウムチャネルをブロックすると、CaMKIIは集まらなくなりました。これは、カルシウムシグナルがCaMKIIを呼び寄せていることを示しています。

このように、「バトンリレー基地」は、神経細胞が情報を処理して記憶を形成するときに、とても重要な役割を果たしているのです!

図5:CaMKIIタンパク質とバトンリレー基地

図5の説明: この図では、神経細胞を刺激したときに、CaMKIIタンパク質が「バトンリレー基地」に集まることを示しています。上の部分(A)は実験方法です。中央の部分(B)では、刺激なし(上段)、刺激あり(中段)、カルシウムチャネルをブロックして刺激(下段)の結果を比較しています。下の部分(C-E)では、定量的な解析結果を示しています。刺激するとCaMKIIが基地に集まり(C)、基地の数は変わらず(D)、基地にCaMKIIが集まる割合が高くなる(E)ことがわかります。

カルシウムの出入りを調節する装置も「バトンリレー基地」にある

「バトンリレー基地」には、カルシウムチャネルとリアノジン受容体の他にも、カルシウムの出入りを調節する装置がそろっています。例えば、「STIM2」というタンパク質は、小胞体のカルシウム量を監視する見張り役のようなものです。

科学者たちは、これらの装置が「バトンリレー基地」に集まっていることを確認しました。これらの装置が協力して働くことで、カルシウムシグナルが正確に伝わるのです。

図6:バトンリレー基地のカルシウム調節装置

図6の説明: この図では、「バトンリレー基地」に集まるカルシウム調節タンパク質を示しています。上の部分(A-E)では、STIM2というタンパク質が基地に集まることを示しています。下の部分(F-I)では、リアノジン受容体(RyRs)も基地に集まり、カルシウムチャネルと一緒に働くことを示しています。

この研究はなぜスゴイの?

この研究は、神経細胞がどのように情報を処理するのかを理解する上で、とても重要です。今までは、神経細胞の情報処理は主に「電気信号」で説明されてきました。でも、この研究によって、「カルシウムシグナル」という化学的な信号も、長い距離にわたって情報を伝える重要な役割を持っていることがわかったのです。

また、この「バトンリレー基地」の仕組みは、神経細胞が複数の入力信号を統合して、学習や記憶を形成するときにも重要かもしれません。例えば、アルツハイマー病や神経疾患の中には、小胞体の機能に問題があるものがあります。この研究は、そういった病気の理解や治療法の開発にもつながる可能性があるのです!

まとめ:この研究でわかったこと

  1. 神経細胞の腕(樹状突起)には、「バトンリレー基地」が約1マイクロメートル間隔で規則正しく並んでいます。
  2. バトンリレー基地には、カルシウムチャネルリアノジン受容体などの特別な装置が集まっています。
  3. 一つのスパインが刺激されると、そのカルシウムシグナルがバトンリレー基地を通じて20マイクロメートル以上も離れた場所まで伝わります。
  4. この情報伝達により、CaMKIIという学習・記憶に関わるタンパク質が活性化します。
  5. バトンリレー基地のネットワークは、神経細胞が複数の入力信号を統合して処理するために重要です。
  6. この仕組みは、ハエから哺乳類まで進化の過程で保存されてきた重要な仕組みです。

原論文の引用情報

Benedetti, L., Fan, R., Weigel, A. V., Moore, A. S., Houlihan, P. R., Kittisopikul, M., Park, G., Petruncio, A., Hubbard, P. M., Pang, S., Xu, C. S., Hess, H. F., Saalfeld, S., Rangaraju, V., Clapham, D. E., De Camilli, P., Ryan, T. A., & Lippincott-Schwartz, J. (2024). Periodic ER-plasma membrane junctions support long-range Ca2+ signal integration in dendrites. Cell, Published online December 20, 2024. https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.11.029

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