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目の中の特別なカメラマンチーム

みなさんは、友だちと写真を撮るとき、「はい、チーズ!」と言って同時に笑顔になりますね。でも、もし学校の遠足で一人ひとりが違う場所を撮影する係になったら、みんなが同じものを撮るのはもったいないですよね。実は、わたしたちの目の中にも、いろいろな場面を撮影してくれる「カメラマンチーム」がいるんです!

この「カメラマンチーム」は、網膜(もうまく)という目の奥にある薄い膜の中にいる神経節細胞(しんけいせつさいぼう)という特別な細胞たちです。彼らは、風景や動物、友だちの顔など、目に入ってくるすべての映像を「撮影」して、脳に送る大切な仕事をしています。

カメラマンチームの効率的な撮影作戦とは?

科学者たちは長い間、目の中のカメラマンチームは「効率よく」仕事をしていると考えてきました。これを「効率的コーディング仮説」と呼びます。

どういうことでしょうか?例えば、青い空を見るとき、空のどこを見ても似たような青色が続いていますよね。全員のカメラマンが「青い空」という同じ情報を送っていたら、とても無駄です。だから、カメラマンたちは協力して、「こちらの空は少し明るい青」「あちらは少し暗い青」というように、それぞれ違う情報を脳に送ると考えられていました。これを「脱相関」(だつそうかん)と言います。

しかし今回、科学者たちが驚くべきことを発見しました!実はカメラマンチームの中には、効率よく撮影せずに、みんなで同じものに興奮して一斉にシャッターを切るグループがいたのです!

カメラマンチームにはいろいろな「特殊部隊」がいる

研究者たちは、マーモセット(小さなサル)とマウス(ねずみ)の目の中のカメラマンチームを調べました。すると、カメラマンたちにはいくつかの「特殊部隊」があることがわかりました。

マーモセットの目には、ON傘細胞(オンがささいぼう)、OFF傘細胞ONミゼット細胞OFFミゼット細胞という4つの主要な特殊部隊がいます。ONチームは明るくなると興奮し、OFFチームは暗くなると興奮します。傘チームは大きな範囲を見て、動きの変化に敏感です。ミゼットチームは小さな範囲を担当して、細かい模様を見るのが得意です。

マウスの目にも似たようなチームがいて、一過性ONα細胞一過性OFFα細胞持続性ONα細胞持続性OFFα細胞と呼ばれています。「一過性」チームは短い時間だけ反応し、「持続性」チームは長く反応し続けます。

図1:自然な映像に対するカメラマンチームの反応

図1の説明: 上の絵(a)は、マーモセットの目の動きを使って作った自然な映像です。中央の絵(b)は、あるON傘細胞が映像を見たときにどう反応したかを示しています。下の絵(e, f)は、隣り合うカメラマン同士の相関(どれだけ同時に反応するか)を示しています。ON傘細胞は特に強く相関していることがわかります(赤い線)。

不思議な発見:効率が悪いはずなのに、同じものに興奮する!

科学者たちは、自然な景色の映像を見せながら、カメラマンたちの反応を記録しました。その映像は、マーモセットやマウスが実際に目を動かした通りに動くようにしました。目は「サッケード」と呼ばれる素早い動きで景色の中を飛び回り、次に「固視」と呼ばれる一点を見つめる時間があります。

予想では、効率的なコーディングをするなら、カメラマンたちはバラバラな情報を送るはずでした。しかし実験結果は違いました!

ON傘細胞たちは、同じ景色を見ると、ほぼ同時に興奮していました!これは、学校の遠足で「みんな同じアトラクションを撮影している」ような状態です。これでは効率が悪いはずなのに、なぜでしょう?

一方、OFFミゼット細胞は予想通り、それぞれが違う情報を送っていました。「私はこの木を撮影」「僕はあの花を撮影」というように、効率よく仕事を分担していたのです。

科学者たちはこの違いがなぜ起こるのか調べました。すると、空間的コントラスト(明暗の差がはっきりした模様)が鍵を握っていることがわかりました!

はっきりした模様に大興奮!非線形なカメラたち

調査を進めると、カメラマンたちが使っているカメラには違いがあることがわかりました。

ON傘細胞が使っているのは「非線形カメラ」です。このカメラは模様や線などの「はっきりした境界」を見つけると大興奮します!例えば、白黒がはっきり分かれたしまうまを見たら「わあ、すごい模様だ!」と大喜びして、たくさん写真を撮ります。

一方、OFFミゼット細胞は「線形カメラ」を使っています。このカメラは全体の明るさの変化に反応しますが、特別な模様に大興奮することはありません。

図2:はっきりした模様に反応するカメラマンたち

図2の説明: この絵は、空間的コントラスト(はっきりした模様)がカメラマンたちの相関にどう影響するかを示しています。上の部分(a)では、同じ明るさでも、はっきりした模様があるとON傘細胞ペアは強く反応し、同時に活動します。中央部分(b)は各チームの反応の違いを示しています。ON傘細胞とOFF傘細胞は特に「はっきりした模様」に強く反応して同時に活動しますが、OFFミゼット細胞はそうではありません。

「サブユニット」の謎:小さなアシスタントたち

科学者たちは、なぜ一部のカメラマンたちが非線形な反応をするのか調べるために、「サブユニットモデル」という特別なモデルを作りました。

実は各カメラマンの周りには、小さな「アシスタント」がたくさんいるのです。これを「サブユニット」と呼びます。アシスタントたちは、それぞれが担当する小さな範囲の情報を集めて、カメラマンに渡します。

ON傘細胞のアシスタントたちは、はっきりした明暗の境界を見つけると「ボス、ここに素晴らしい模様がありますよ!」と大きな声で報告します。この報告が一定の大きさを超えると、カメラマンは大興奮します。

一方、OFFミゼット細胞のアシスタントたちは、もっと冷静に「ここが少し暗くなりました」「ここが少し明るくなりました」と静かに報告します。それぞれの報告はあまり大きくならないので、カメラマンも落ち着いて反応できるのです。

図3:カメラマンたちの「サブユニット」

図3の説明: この絵は、各カメラマンが持つアシスタント(サブユニット)の配置を示しています。上の部分(a, b)はカメラマンの情報処理の仕組みです。中央部分(c, d)は各チームのアシスタントの配置と特性を示しています。下の部分(e, f)は、アシスタントを使ったモデルが実際の反応をどれだけ正確に予測できるかを示しています。複雑な模様に強く反応するON傘細胞は、アシスタントモデルでよく説明できることがわかります。

マウスの目でも同じ現象が見られた!

科学者たちは、マーモセットだけでなく、マウスの目でも同じ実験をしました。すると、やはり似たような結果が得られました!

マウスの一過性α細胞は、マーモセットの傘細胞と同じように非線形な反応を示し、はっきりした模様に大興奮して同時に活動しました。一方、持続性OFFα細胞は、マーモセットのOFFミゼット細胞のように効率的に情報を処理していました。

このことから、哺乳類の目には共通して「効率よく情報を処理するチーム」と「重要な模様を見つけるチーム」の両方がいることがわかりました。

図4:マウスのカメラマンチームとモデル予測

図4の説明: この絵は、マーモセットとマウスの両方のカメラマンたちの反応を予測するモデルの性能を示しています。上の部分(a)は実験に使った動く縞模様のアニメーションです。中央部分(b)は各チームの実際の反応(灰色のヒストグラム)とモデル予測(色付き線)を比較しています。下の部分(c-e)は、各モデルの性能を比較しています。非線形なサブユニットモデル(SG)が最も正確に反応を予測できることがわかります。

なぜ効率が悪くても同時に反応するのか?

科学者たちは、「なぜ一部のカメラマンたちは効率が悪いのに同時に反応するのか?」という謎を解明しようとしました。

実験を重ねた結果、この「非効率」に見える反応には重要な役割があるかもしれないということがわかってきました。

たとえば、みんなが同時に「ここに大切なものがある!」と報告することで、脳に「これは特別に注目すべき情報だ」と伝えているのかもしれません。これは、遠足で全員が同じ珍しい動物を発見して「見て!あそこ!」と一斉に指さすようなものです。

また、目が素早く動いたとき(サッケード)の次に新しい場所を見つめると(固視)、その場所に何があるかをすばやく知らせることも大切です。非線形なカメラマンたちは、その新しい場所にある重要な模様や線、形をすぐに検出して「ここに注目すべきものがあります!」と一斉に報告することで、脳が素早く状況を理解する手助けをしているのかもしれません。

図5:非線形な反応と相関の関係

図5の説明: この絵は、非線形な反応と相関の関係を示しています。上の部分(a)は、目が動いて新しい場所を見たときの反応例です。中央部分(b)は、各チームがどれだけ非線形に反応するかを示しています。下の部分(c-d)は、非線形な反応と相関の関係を示しています。非線形に反応するカメラマンほど、同時に活動する傾向が強いことがわかります。

この研究はなぜスゴイの?

この研究は、私たちの目がどうやって世界を見ているかについての理解を大きく変えるものです。

今までは、目は単に「効率よく情報を集める」と考えられていました。でも実際は、「効率よく情報を集めるチーム」と「重要な特徴を見つけるチーム」の両方がいて、役割分担をしていることがわかりました。

私たちが世界を見るとき、単に「すべての情報を平等に処理している」わけではなく、「この線は大事」「この模様は注目すべき」といった判断を、すでに目の段階で行っているのです。これは、脳がより効率よく「重要なこと」に注目できるようにする仕組みかもしれません。

この発見は、将来的には人工知能やロボットの視覚システムの開発にも役立つかもしれません。人間の目のように「効率的な情報処理」と「重要な特徴の検出」のバランスを取れるカメラやセンサーができれば、より自然な「見方」ができるロボットが作れるかもしれないのです。

まとめ:この研究でわかったこと

  1. 目の中の神経節細胞(カメラマンチーム)には、いくつかの「特殊部隊」があります。
  2. これまでは、カメラマンたちは効率的コーディング(それぞれが違う情報を送る)をしていると考えられていました。
  3. しかし実際には、ON傘細胞などの一部のカメラマンは、同じものに反応して同時に活動することがわかりました。
  4. この「同時活動」は、特に空間的コントラスト(はっきりした模様や線)を見たときに起こります。
  5. この現象は、カメラマンたちが使っている非線形カメラ(複雑な情報処理をする仕組み)によるものです。
  6. カメラマンたちの周りには小さなサブユニット(アシスタント)がいて、それぞれが見た情報を報告しています。
  7. 「非効率」に見える同時活動は、実は重要な視覚特徴の検出に役立っているようです。
  8. 私たちの目は、「効率的な情報処理」と「重要な特徴の検出」の両方のバランスを取りながら働いています。

原論文の引用情報

Karamanlis, D., Khani, M. H., Schreyer, H. M., Zapp, S. J., Mietsch, M., & Gollisch, T. (2025). Nonlinear receptive fields evoke redundant retinal coding of natural scenes. Nature, 637, 394–401. https://doi.org/10.1038/s41586-024-08212-3

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