古代ヨーロッパの人々の大移動
みなさんは、家族の写真アルバムを見たことがありますか?おじいちゃんやおばあちゃん、そしてもっと前のご先祖さまの写真を見ると「なんだか自分に似ているなぁ」と思うことがあるかもしれません。実は、科学者たちは古い時代の人々のDNA(からだの設計図)を調べて、まるで1500年前のヨーロッパの人々の「家族アルバム」を見るように、昔の人々がどこからやってきて、どこへ移動したかを探る研究をしています。
時間の探偵と「トゥイグスタッツ」
科学者たちは、古代の人々の骨からDNAという設計図の情報を取り出して調べています。でも、これはとても難しい作業なんです。1500年前のDNAは、まるで雨に濡れてしまった古い手紙のように、一部が読みにくくなってしまっています。
そこで研究者たちは、トゥイグスタッツ(Twigstats)という新しい方法を考え出しました。これは「小枝の統計」という意味で、私たちのDNA家系図の「新しい芽」や「小さな枝」だけを調べる方法です。木の幹や大きな枝(とても古い時代のDNA)ではなく、小さな枝や葉っぱ(比較的新しい時代のDNA)を調べると、より詳しく昔の人々の移動を知ることができるのです。
この方法は、まるで虫眼鏡をもった探偵が地面についた足跡を調べるようなもの。普通の虫眼鏡より10倍も強力な「スーパー虫眼鏡」で、今までは見えなかった小さな足跡まで発見できるようになりました!
図1の説明: この図は、新しいトゥイグスタッツ法がどれだけ優れているかを示しています。上の部分(A)ではトゥイグスタッツがどのように働くかを説明しています。中央部分(B)は、この方法を使うと昔の人々のDNAの混ざり具合をより正確に測定できることを示しています。下の部分(C、D)は、従来の方法と比べてどれくらい精度が上がったかを示す数値データです。
古代ヨーロッパの大移動劇
さて、1500年前のヨーロッパではいったい何が起こっていたのでしょうか?科学者たちの「スーパー虫眼鏡」で調べてみると、とても面白いことがわかりました。
紀元1世紀から5世紀(今から約1500〜2000年前)の間に、スカンジナビア(今の北欧・ノルウェーやスウェーデン)からやってきた人々が、ヨーロッパの広い地域に移動していたのです!これは、おもちゃの箱からあふれ出したおもちゃが部屋中に散らばっていくように、スカンジナビアから人々が四方に広がっていったということです。
特に現在のポーランドでは、紀元1世紀から5世紀にかけて、ヴィールバルク文化という考古学的な文化を持つ人々が住んでいました。彼らのDNAを調べると、なんと75%以上がスカンジナビア半島からやってきた人々のDNAと一致していたのです!
図2の説明: この図は、古代ヨーロッパの様々な地域の人々のDNAがどのように関連しているかを示しています。上の部分(A)は、鉄器時代の人々のグループを示し、地図上に彼らがどこに住んでいたかが示されています。中央部分(B)は、初期中世の人々のDNAの関係を示しています。下の部分(C)では、初期中世の各地域の人々のDNAがどの時代のどこの地域のDNAと混ざっているかを色分けして示しています。一番下の部分(D)はスカンジナビア由来のDNAがどの地域でどれくらいの割合で見つかったかを示しています。
人々の流れが変わった時代
面白いことに、紀元500年から1000年(約1000〜1500年前)になると、人々の流れの方向が変わってきました。今度は中央ヨーロッパ(今のドイツやフランスなど)からの人々が、北へ向かってスカンジナビアに移動し始めたのです!
これは、最初は南に向かって流れていた川の水が、後になって北に向かって流れるようになったようなものです。バイキングとして知られる時代(紀元750年〜1050年頃)のスカンジナビアでは、多くの人々が中央ヨーロッパからのDNAを持っていました。
特にデンマークでは、紀元800年頃(約1200年前)に大きな変化が起こりました。それまではスカンジナビア半島と同じDNAを持っていた人々が、突然、中央ヨーロッパの人々のDNAと混ざるようになったのです。これは、クラスに突然転校生がたくさん入ってきて、クラスの雰囲気が変わるようなものかもしれません。
図3の説明: この図は、青銅器時代から現代までのヨーロッパ6地域(ポーランド、南東ヨーロッパ、中央ヨーロッパ、イタリア、イギリス・アイルランド、スカンジナビア)におけるDNAの変化を示しています。地図は各地域から出土した古代人骨のサンプル採取場所を示しています。初期中世の時期はオレンジ色でハイライトされ、スカンジナビアと中央ヨーロッパのDNAが見られる部分もオレンジ色の枠で囲まれています。
バイキングの世界の謎解き
バイキングといえば、船に乗って冒険する勇敢な戦士たちというイメージがありますね。でも、「バイキング」と呼ばれる人々は実は様々な場所からやってきた人々の混ざり合いだったことが、DNAから明らかになりました。
南スカンジナビア(今のデンマークや南スウェーデン)では、53人中25人がバイキング時代の人々のDNAに、中央ヨーロッパ由来のDNAが含まれていました。一方、ノルウェーでは24人中わずか2人しか中央ヨーロッパのDNAを持っていませんでした。
また、バイキングたちが遠征した先でも興味深い発見がありました。例えば、イギリスで見つかったバイキング時代の集団墓地の人々は、南スカンジナビアからやってきた人々のDNAを持っていました。また、アイスランドやグリーンランドなどの北大西洋の島々では、スカンジナビア半島由来のDNAを持つ人々が見つかり、その中には中央ヨーロッパのDNAも混ざっていました。
これは、クッキーの生地に様々な具材を混ぜて焼くと、場所によって違う味のクッキーができあがるようなものです。スカンジナビアの各地域で、異なる「レシピ」のDNAを持つ人々が生まれたのです。
図4の説明: この図は、バイキング時代のスカンジナビアの人々のDNAを詳しく示しています。上の部分(A)の地図は、各地域のバイキング時代の人々がどこのDNAを持っていたかを色分けして示しています。中央部分(B)では、骨から採取された安定同位体というもので、その人が子ども時代をどこで過ごしたかを調べた結果を示しています。その下の部分(C)は、デンマークのバイキング時代のグループにおけるDNAの変化を示しています。下の部分(D〜F)は、バイキング時代のスカンジナビアや遠征先で見つかった人々のDNAの特徴を様々な角度から分析した結果です。
ある島の謎解き:エーランド島
スウェーデンの南東にあるエーランド島では、特に興味深い発見がありました。科学者たちは、ここで見つかった人々の骨から、DNAだけでなく「ストロンチウム」という特別な物質も調べました。これは、その人が子ども時代に住んでいた地域の地質を教えてくれる「住所ラベル」のようなものです。
調べてみると、中央ヨーロッパ由来のDNAを100%持つ5人全員が、エーランド島で育った可能性が高いことがわかりました。これは、彼らが島に移り住んできた人々の子孫であり、島で生まれ育ったことを示しています。
一方で、同じ島で紀元500年頃に起きた「サンドビー城の虐殺」と呼ばれる悲劇的な出来事の犠牲者たちは、全員がスカンジナビア半島のDNAだけを持っていました。これは、虐殺が起きたあとで、島に新しい人々が入ってきた可能性を示しています。まるで、悲しい歴史の後に新しい章が始まったような物語です。
この研究はなぜスゴイの?
この研究のすごいところは、新しいトゥイグスタッツという方法を使って、今までよりもずっと詳しく古代の人々の移動を知ることができるようになったことです。これは、ぼやけていた古い写真がくっきり見えるようになったようなものです。
また、歴史書に書かれていることと、DNAから分かることを比べることで、より正確な歴史の理解につながります。例えば、ローマ帝国の歴史家たちは北からの「蛮族」の侵入について書いていましたが、今回の研究で実際にスカンジナビアからの人々がヨーロッパ各地に移動していたことが確認できました。
バイキング時代についても、単に「北欧の戦士たち」というシンプルなイメージではなく、実際には様々な地域の人々のDNAが混ざり合った複雑な社会だったことが明らかになりました。
まとめ:この研究でわかったこと
- トゥイグスタッツという新しい方法を使うと、古代DNAから人々の移動をより詳しく知ることができます。
- 紀元1世紀から5世紀に、スカンジナビアからの人々がヨーロッパの広い地域に移動していました。
- 紀元500年から1000年には、逆に中央ヨーロッパからの人々がスカンジナビアに移動していました。
- バイキング時代のスカンジナビアでは、地域によって異なるDNAの混ざり具合がありました。デンマークや南スウェーデンでは中央ヨーロッパのDNAが多かったのに対し、ノルウェーや北スウェーデンでは昔からのスカンジナビアのDNAが多く残っていました。
- バイキングたちが遠征した先(イギリスやアイスランドなど)でも、スカンジナビアのDNAを持つ人々が見つかりました。
- エーランド島での発見は、ある時期に島の人口が大きく変わったことを示しています。
原論文の引用情報
Speidel, L., Silva, M., Booth, T., Raffield, B., Anastasiadou, K., Barrington, C., Götherström, A., Heather, P., & Skoglund, P. (2025). High-resolution genomic history of early medieval Europe. Nature, 637, 118–126. https://doi.org/10.1038/s41586-024-08275-2