ハエが友だちを見つける特別メガネの秘密
みなさんは、友だちを探すときどうしていますか?きっと、まわりを見まわして友だちの姿を探しますよね。でも、人がたくさんいる場所だと、友だちを見つけるのは大変ですよね。実は、ショウジョウバエという小さなハエも、友だちを見つけるのに目を使っているんです!
科学者たちは、ハエが友だちを見つける特別な方法を発見しました。ハエは自分の気持ちによって、「特別なメガネ」をかけ替えるみたいに、見え方を変えることができるのです。怒っているときと、恋をしているときで、違うメガネをかけるんですよ!
ハエの目はとっても複雑!
ハエの目は、小さな目がたくさん集まってできています。そして、目から入った情報は、脳の中の特別な場所に送られます。
脳の中では、いろいろな神経細胞がチームを組んで、目から入った情報を処理しています。これは、みんなが学校で班に分かれて作業するのと同じです。いろいろなチームがあって、それぞれ違う仕事をしているんですね。
特に重要なのはLC細胞というチームです。このチームは動いている物体を見つける仕事をしています。まるで、かくれんぼのとき「あ、あそこで何か動いた!」と気づくのと同じですね。LC細胞の中でも、LC9、LC10a、LC11という細胞は、ハエくらいの大きさの動くものを見つけるのが得意なんです。
図1の説明: この図は、ハエの脳の中の特別な神経細胞aIPgが、見え方を変える3つの方法を示しています。左側の図では、aIPgが他の神経細胞と協力して、どうやって目からの情報を変えるかを示しています。右側の図では、それぞれの方法について、関わる神経細胞とそのつながりが示されています。矢印の太さは、細胞同士のつながりの強さを表しています。
怒っているハエは友だちをよく見る!
科学者たちは、メスのハエが怒っているときに、どのように見え方が変わるか調べました。そのために、aIPgという特別な神経細胞を調べたのです。
このaIPgは、ハエが怒っているときにスイッチが入る「気分スイッチ」のような細胞です。このスイッチが入ると、ハエは攻撃的になって、他のハエを追いかけたり、押したりするようになります。
おもしろいことに、目が見えないハエでは、このスイッチを入れても攻撃行動はほとんど起きませんでした。これは、ハエが攻撃するには、目で相手を見ることがとても大切だということを示しています。
図2:aIPgと視覚情報を処理する神経細胞の共通のターゲット
図2の説明: この図は、aIPg細胞と視覚を処理するLC細胞が、どのように情報を共有するかを示しています。円の大きさは、その細胞がLC細胞からもらう情報の量を表しています。円グラフの色は、どのLC細胞からの情報かを示しています。このように、aIPgとLC細胞が同じ細胞に情報を送ることで、ハエの気持ちと視覚情報が一緒に処理されるのです。
特別なメガネのレンズを作る仕組み
科学者たちは、ハエの脳をコンピューターで詳しく調べて、aIPgが視覚情報を変える3つの方法を見つけました。
1つ目の方法は、「直接お手伝い」です。aIPgは、LC細胞が情報を送る先の細胞にも直接情報を送ります。これは、先生が班の作業を手伝うようなものです。先生(aIPg)が来ると、班(視覚情報を処理するチーム)の作業がよりスムーズに進みます。
2つ目の方法は、「邪魔者をどかす」方法です。aIPgは、IB112という細胞に情報を送り、この細胞が視覚情報を処理する細胞への邪魔を取り除きます。これは、道路の工事現場で交通整理をするようなものです。工事現場(視覚情報の通り道)で邪魔になる物をどけて、車(視覚情報)がスムーズに通れるようにします。
3つ目の方法は、「スイッチの切り替え」です。aIPgは、TuTuA_1とTuTuA_2という2つの細胞を使って、どの情報を大切にするか選びます。これは、テレビのチャンネルを切り替えるようなものです。LC10aというチャンネルを見るか、LC10cというチャンネルを見るか、気分によって切り替えるのです。
図3:LC10aは中くらいの大きさの動く物体に反応し、メスの攻撃行動に重要
図3の説明: この図は、LC9とLC10aという細胞が、どのくらいの大きさの物体に反応するかを示しています。LC9は小さな物体に反応しますが、LC10aはもう少し大きな物体(ハエくらいの大きさ)に反応します。下の部分では、LC10aをオフにすると、aIPgを活性化してもメスのハエの攻撃行動が減ることが示されています。これは、LC10aがハエの攻撃行動に重要だということを示しています。
邪魔者をどかす方法をもっと詳しく
2つ目の方法「邪魔者をどかす」をもっと詳しく見てみましょう。
aIPgは、IB112という細胞にスイッチを入れます。IB112は、脳から目の方に情報を送る「逆方向メッセンジャー」です。普通は目から脳に情報が流れますが、この細胞は逆方向に情報を送るのです。
IB112は、Li22という細胞に情報を送り、Li22は視覚情報を処理するLC10グループの細胞に影響を与えます。この一連の情報の流れは、「ブレーキを外す」働きをします。通常はブレーキがかかっていて、視覚情報があまり流れませんが、aIPgがスイッチを入れると、ブレーキが外れて視覚情報がたくさん流れるようになるのです。
これは、水道の蛇口のようなものです。普段は少しだけ開いていますが、aIPgがスイッチを入れると蛇口が全開になり、たくさんの水(視覚情報)が流れるようになります。
図4:aIPgから目の神経細胞への複雑なつながりが攻撃行動を形成する
図4の説明: この図は、aIPgからIB112、そしてLi22への情報の流れを示しています。左上の図では、aIPg(オレンジ色)がIB112(濃い青色)に情報を送り、IB112が目の神経細胞に情報を送る様子が示されています。右側の図は、これらの細胞のつながりを示しています。下の図では、IB112をオフにすると、aIPgを活性化してもハエの攻撃行動が減ることが示されています。これは、IB112が攻撃行動に重要だということを示しています。
テレビのチャンネルを切り替えるスイッチ
3つ目の方法「スイッチの切り替え」も、とてもおもしろい仕組みです。
aIPgは、TuTuA_1とTuTuA_2という2つの細胞を使って、LC10aとLC10cという2つの視覚情報処理チームの働きを切り替えます。これはテレビのチャンネルを切り替えるようなものです。
aIPgがスイッチを入れると、TuTuA_1はLC10cの働きを止め、同時にTuTuA_2の働きも止まるため、LC10aの働きが強くなります。これにより、ハエはLC10aが得意な情報に集中できるようになります。LC10aは、ハエくらいの大きさの物体を見るのが得意なので、怒っているハエは他のハエをよく見ることができるようになるのです。
逆に、aIPgのスイッチが切れると、TuTuA_1の働きが止まり、TuTuA_2の働きが強くなります。すると今度は、LC10cの働きが強くなり、LC10aの働きが弱くなります。
図5:aIPgはTuTuA細胞を通じて、LC10aの信号を強め、LC10cの信号を弱める
図5の説明: この図は、aIPgがどのようにTuTuA細胞を通じてLC10aとLC10cの働きを切り替えるかを示しています。左上の図では、aIPgからTuTuA_1、TuTuA_2への情報の流れと、それらからLC10a、LC10cへの情報の流れが示されています。中央の図は、aIPgがオンのときとオフのときで、どの細胞が活性化するかを予測したものです。右側の図では、TuTuA_1がLC10cに、TuTuA_2がLC10aに情報を送る様子が示されています。下の図は、電気的な記録で、aIPgがTuTuA_1を興奮させ、TuTuA_2を抑制することを示しています。
オスのハエも同じスイッチを使う!
おもしろいことに、オスのハエも、メスと同じような「テレビのチャンネル切り替え」の仕組みを使っていることがわかりました。ただし、オスは怒るためではなく、恋をするためにこの仕組みを使うのです。
オスのハエが好きなメスのハエを見つけると、TuTuA_1の働きが強くなり、TuTuA_2の働きが弱くなります。これは、メスのハエが怒ったときに起こる変化と同じです。つまり、オスもメスも、大切な相手を見つけるために同じ「特別メガネ」の仕組みを使っているのです。
これは、みんなが同じ双眼鏡を使うけれど、鳥を見る人と山を見る人では、見ているものが違うようなものです。道具は同じでも、使い方や目的が違うのですね。
図6:TuTuA_1とTuTuA_2の調節がメスの攻撃行動とオスの求愛行動を形作る
図6の説明: この図は、TuTuA細胞の働きを変えると、メスの攻撃行動がどう変わるかを示しています。左上の図では、TuTuA_1をオフにするとaIPgを活性化してもハエの攻撃行動が減ることが示されています。右上の図では、TuTuA_2をオンにするとaIPgを活性化してもハエの攻撃行動が減ることが示されています。下の図は、オスのハエが好きなメスを追いかけるとき、TuTuA_1の活性が上がり、TuTuA_2の活性が下がることを示しています。これは、オスもメスも同じ仕組みを使っていることを示しています。
この研究はなぜスゴイの?
この研究は、ハエの脳の中で、気持ちによって見え方が変わる仕組みを詳しく解明しました。この研究がすごいのは、ハエの脳の「配線図」(コネクトーム)を使って、予想した神経回路の働きを実験で確かめたことです。
科学者たちは、ハエの脳の3つの仕組みを発見しました。これらの仕組みは、すべて同じaIPgという神経細胞によって制御されています。aIPgは「気分スイッチ」のような役割をして、ハエが友だちを見つけやすくするように視覚情報を変えるのです。
おもしろいことに、オスとメスで違うのは主にaIPgだけで、他の神経細胞はほとんど同じです。これは、オスとメスで少しだけ配線が違うだけで、まったく違う行動(オスの恋、メスの怒り)につながることを示しています。
まとめ:この研究でわかったこと
- ハエは気持ちによって、特別なメガネのように見え方を変えることができます。
- aIPgという神経細胞が、ハエの気分スイッチのような役割をします。
- aIPgは3つの方法で視覚情報を変えます:
- 「直接お手伝い」:視覚情報を処理する細胞を直接助ける
- 「邪魔者をどかす」:IB112という細胞を使って、視覚情報の流れをスムーズにする
- 「スイッチの切り替え」:TuTuA細胞を使って、LC10aとLC10cのどちらを使うか選ぶ
- メスのハエが怒っているときは、LC10aの働きが強くなり、ハエくらいの大きさの物体をよく見るようになります。
- オスのハエも恋をするときに、メスと同じスイッチの仕組みを使います。
- 少しだけ配線が違うだけで、オスとメスでまったく違う行動につながります。
原論文の引用情報
Schretter, C.E., Sten, T.H., Klapoetke, N., Shao, M., Nern, A., Dreher, M., Bushey, D., Robie, A.A., Taylor, A.L., Branson, K., Otopalik, A., Ruta, V., & Rubin, G.M. (2025). Social state alters vision using three circuit mechanisms in Drosophila. Nature, 637, 646–653. https://doi.org/10.1038/s41586-024-08255-6