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脳の記憶アルバムがつながるしくみ

みなさんは、写真アルバムを持っていますか?それぞれのアルバムには、運動会や誕生日パーティーなど、違う日の思い出が入っていますよね。普通、別々のアルバムの写真はバラバラですが、もし急に「運動会のアルバム」を見ているとき、「あれ?誕生日パーティーのことも思い出してる!」ということが起きたらどうでしょう?実は、わたしたちの脳の中の記憶も、時々こんなふうに別々のアルバムがくっついてしまうことがあるんです!

科学者たちは、どうして違う日の記憶がつながることがあるのか、マウス(実験用のねずみ)を使って調べました。特に、怖い記憶ができたあとに、脳の中で何が起こるのかを研究しました。

怖い体験をすると、昔の記憶もこわくなる?

科学者たちは、マウスに2日間で2つの違う部屋を経験させる実験をしました。最初の日は、ただ新しい部屋(中立的な部屋)を探検させます。これは、みなさんが初めて行く友達の家でおもちゃで遊ぶようなものです。

2日後、マウスはまったく別の部屋(怖い部屋)に入れられ、そこで電気ショックを受けました。これは、みなさんが暗い部屋で急に大きな音を聞いてびっくりするような怖い体験です。

さて、どうなったでしょう?マウスはもちろん「怖い部屋」が怖くなりました。でも驚いたことに、「中立的な部屋」も怖がるようになったのです!マウスは「中立的な部屋」で何も怖いことは起きなかったのに、「怖い部屋」と「中立的な部屋」の記憶がつながってしまったのです。

図1:強い怖い体験は数日前に学習した中立的な文脈への遡及的な記憶リンクを引き起こす

図1の説明: これはマウスの記憶実験の結果です。上の絵(a)は実験の方法です。左側(遡及的)では中立的な部屋を先に経験して2日後に怖い部屋を経験します。右側(予測的)では怖い部屋を先に経験して2日後に中立的な部屋を経験します。下の絵(c)を見ると、遡及的なグループのマウスは中立的な部屋でも凍りつき(怖がる)行動を示していますが、予測的なグループではそのような行動は見られません。これは、怖い体験のあとに、前の日の記憶も怖くなることを示しています。

さらに科学者たちは、もっと強い電気ショックを与えるとどうなるか実験しました。すると、電気ショックが強ければ強いほど、マウスは「中立的な部屋」をもっと怖がるようになりました。これは、こわーいお化け屋敷に行ったあとは、ふつうの公園も怖く感じてしまうのに似ています!

脳の中で記憶はどうやってつながるの?

マウスの頭の中には小さなカメラを入れて、海馬という記憶をつくる脳の部分を観察しました。すると、とても面白いことがわかりました!

私たちの脳の中では、記憶は神経細胞というたくさんの小さな細胞のグループによって作られています。これらの細胞は、まるで合唱団のように一緒に活動することで記憶を作ります。「中立的な部屋」の記憶はある合唱団(中立的アンサンブル)が、「怖い部屋」の記憶は別の合唱団(恐怖アンサンブル)が担当しています。そして、両方の合唱団に参加している歌手たちもいます(重複アンサンブル)。

科学者たちは、マウスが休んでいるとき(オフライン期間)に、この合唱団たちが何をしているのか観察しました。

図2:海馬の神経集団はオフライン期間中にカルシウムイベントの集団バーストを示す

図2の説明: これは脳の中の神経細胞の活動を記録した結果です。上の部分(a)は記録の方法を示しています。下の部分(c)では海馬の神経細胞が時々一斉に活動する「バースト」と呼ばれる現象が見られます。各行は1つの神経細胞の活動を示し、活動している細胞が多い時間帯が「バースト」です。さらに下の部分(d,e)を見ると、バーストが起こる直前にマウスの動きが一瞬止まることがわかります。これは、マウスが短い間立ち止まったときに、脳の中で記憶の処理が行われていることを示しています。

怖い体験をすると、昔の記憶合唱団も活動しはじめる!

通常、マウスが休んでいるとき、最近の体験(「怖い部屋」)の合唱団が歌の練習(再活性化)をします。これが記憶を強くする方法なんです。でも、強い怖い体験をしたマウスでは、なんと2日前の「中立的な部屋」の合唱団も一緒に練習を始めたのです!

特に面白いのは、両方の記憶に参加している合唱団(重複アンサンブル)が、2日前の「中立的な部屋」の合唱団と一緒に歌うことが多くなったことです。これは、学校の合唱コンクールで、3年1組と3年2組が休み時間に一緒に練習するようなものです。練習を一緒にすることで、本番でも一緒に歌いやすくなりますよね。

図3:強い恐怖体験は過去の中立的なアンサンブルをオフラインの集団バーストに参加させる

図3の説明: この絵は、神経細胞のグループ(アンサンブル)がバースト中にどのように活動するかを示しています。上の部分(a,b)はバースト中の神経細胞の活動例で、色によって異なるグループを表しています(青は中立的アンサンブル、赤は恐怖アンサンブル、紫は重複アンサンブル、白はその他)。下の部分(c-f)のグラフを見ると、強いショックを受けたマウス(高ショック)では、中立的アンサンブルもバースト中に活動していることがわかります(f)。これは、強い恐怖体験によって、2日前の記憶に関わる神経細胞も再び活動し始めたことを示しています。

重複する記憶細胞が「つなぎ役」になる

さらに詳しく調べると、両方の記憶に参加している合唱団(重複アンサンブル)が特に重要だとわかりました。この合唱団は、「指揮者」のような役割をして、2日前の「中立的な部屋」の合唱団を呼び寄せて一緒に歌わせていたのです!

強い怖い体験をしたマウスでは、この「指揮者」が「中立的な部屋」の合唱団とよく一緒に歌っていました。でも、弱い怖い体験のマウスでは、そのような特別な関係は見られませんでした。

これは、クラスでとても怖い映画を見たあと、映画を見たクラスメイトが集まって、「あれ、今朝教室で一緒だった人たちのことも思い出してる!」と話し始めるようなものです。

図4:強い恐怖体験は重複アンサンブルと中立的アンサンブルの共活動を引き起こす

図4の説明: この絵は、異なるアンサンブルがバースト中にどのくらい一緒に活動するかを示しています。上の部分(a-c)はそれぞれのアンサンブルが単独で活動する割合を示しています。下の部分(d-f)を見ると、強いショックを受けたマウス(右側のグラフ)では、重複アンサンブルが中立的アンサンブルと一緒に活動する割合が高いことがわかります(e)。これは、強い恐怖体験によって、両方の記憶に関わる神経細胞が「橋渡し役」となり、過去の中立的な記憶と新しい恐怖記憶をつなげていることを示しています。

記憶のつながりは主に起きているときに起こる

人間でもマウスでも、睡眠中に記憶が整理されることが知られています。では、この「別々の記憶がつながる」現象はいつ起こるのでしょうか?睡眠中?それとも起きているとき?

科学者たちは、マウスの脳の活動と一緒に、マウスが睡眠中か起きているかも記録しました。すると驚いたことに、別々の記憶の合唱団が一緒に歌うのは、主にマウスが起きているときだったのです!特に、マウスが少しの間じっとしている「静かな覚醒」の時間に起こっていました。

これは、友達と話していて突然「あっ!」と思い出すような瞬間に似ています。脳は私たちが静かに考えているときに、いろいろな記憶をつなげているのかもしれません。

図5:重複アンサンブルと中立的アンサンブルの共再活性化は睡眠中よりも覚醒中により多く発生する

図5の説明: この絵は、さまざまな睡眠/覚醒状態での神経アンサンブルの共活動を示しています。上の部分(a)は脳活動の記録方法を示しています。中央部分(b)では、睡眠状態と各アンサンブルの活動の関係が示されています。下の部分(c)のグラフを見ると、重複アンサンブルと中立的アンサンブルの共活動が、レム睡眠やノンレム睡眠ではなく、覚醒中(左側のグラフ)に最も多く起こることがわかります。これは、記憶のリンクが主にマウスが起きている間に形成されることを示しています。

なぜ中立的な部屋が怖く感じるようになるの?

最後に、科学者たちはマウスが「中立的な部屋」に戻ったとき、脳の中で何が起きているのか調べました。

強い怖い体験をしたマウスでは、「中立的な部屋」に入ると、中立的な記憶の合唱団が活動します。そして、その合唱団と一緒に練習していた「指揮者」(重複アンサンブル)も一緒に活動し始めます。この「指揮者」は「怖い部屋」の記憶も持っているので、マウスは怖いと感じて動かなくなってしまうのです。

これは、友達の家に行ったとき、その家の雰囲気が怖い映画を見た映画館を思い出させて、なんだか怖い気持ちになるようなものです。直接関係はないのに、脳が二つの記憶をつなげてしまったのです。

図6:強い恐怖体験は中立的文脈のリコール中のアンサンブル共再活性化を引き起こす

図6の説明: この絵は、中立的な部屋や新しい部屋でのマウスの脳活動を示しています。上の部分(a)を見ると、強いショックを受けたマウスでは、中立的な部屋に入ったとき、重複アンサンブル(右側のグラフ)が選択的に再活性化していることがわかります。中央部分(b)では、強いショックを受けたマウスの中立的記憶が、もとの記憶パターンから大きく変化していることが示されています。下の部分(c)は、これまでの発見をまとめた図です。強い恐怖体験後のオフライン期間中に、恐怖記憶だけでなく過去の中立的記憶も再活性化され、二つの記憶がリンクすることで、中立的な文脈でも恐怖反応が引き起こされることを示しています。

この研究はなぜスゴイの?

この研究は、なぜ時々私たちが「関係ないはずの場所」で怖い気持ちになるのか、そのしくみを教えてくれます。

たとえば、交通事故に遭った人が、事故とは関係ない場所でも怖い気持ちになることがあります。これは心的外傷後ストレス障害(PTSD)という状態に関係があるかもしれません。

また、強い感情体験をした後の「静かな覚醒時間」が、別々の記憶をつなげるのに重要だとわかりました。将来、この時間をうまく利用することで、PTSDなどの治療に役立つかもしれません。

まとめ:この研究でわかったこと

  1. 強い感情体験(特に怖い体験)をすると、2日前の中立的な記憶も怖く感じるようになることがあります。
  2. 脳の中では、記憶は神経細胞のグループ(アンサンブル)によって作られています。
  3. 強い感情体験の後の休息時間(オフライン期間)に、最近の記憶だけでなく、過去の記憶の神経細胞も再活性化します。
  4. 特に、両方の記憶に関わる神経細胞グループ(重複アンサンブル)が、過去の記憶グループと同期して活動することで、記憶がつながります。
  5. この記憶のつながりは主に覚醒中(特に短い静止状態)に起こります。
  6. 中立的な場所に戻ると、中立的記憶と一緒に恐怖記憶も再活性化され、恐怖反応を引き起こします。

原論文の引用情報

Zaki, Y., Pennington, Z. T., Morales-Rodriguez, D., Bacon, M. E., Ko, B., Francisco, T. R., LaBanca, A. R., Sompolpong, P., Dong, Z., Lamsifer, S., Chen, H.-T., Segura, S. C., Wick, Z. C., Silva, A. J., Rajan, K., van der Meer, M., Fenton, A., Shuman, T., & Cai, D. J. (2024). Offline ensemble co-reactivation links memories across days. Nature, 637(7995), 145–155. https://doi.org/10.1038/s41586-024-08168-4

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