脳の中のはたらく小さな部品と自閉症
みなさんは、レゴブロックで遊んだことがありますか?大きなブロックと小さなブロックを組み合わせて、いろいろな形を作りますよね。実は、わたしたちの体の中のタンパク質も、小さな部品を組み合わせて作られているんです!今日は、その中でもとても小さな部品「マイクロエクソン」についてお話します。特に「me4」という小さな部品が、自閉症とどう関係しているのかについて見ていきましょう。
脳の中の小さな郵便配達員CPEB4
私たちの脳の中には、CPEB4(シーペブフォー)というタンパク質があります。これは、細胞の中の「郵便配達員」のような役割をしていて、大切な手紙(mRNA)に「OK」スタンプを押すと、その手紙の内容に従ってタンパク質が作られます。CPEB4は特に、自閉症に関わる多くの遺伝子の手紙を配達する重要な仕事をしているのです。
ところが、このCPEB4には不思議な性質があります。普段は細胞の中で、まるで水の中の油のしずくのように、小さな「水滴集団」(凝縮体)を作っています。この状態では、手紙にスタンプを押せないので、タンパク質は作られません。でも、神経細胞が活動すると、この水滴集団がバラバラに溶けて、CPEB4は働き始めるのです!
図1の説明: 上の写真はマウスの脳の神経細胞で、緑色に光っているのがCPEB4タンパク質です。細胞の中に小さな緑の点々が見えますが、これがCPEB4の「水滴集団」です。下のグラフは、これらの水滴集団の大きさと数を調べた結果を示しています。
神経細胞が活動すると水滴集団が溶ける!
科学者たちは、神経細胞が活動するとどうなるかを調べました。神経細胞が活動すると(お医者さんの膝を叩くハンマーのように、刺激を与えると)、CPEB4の水滴集団が面白い変化をすることがわかりました。
最初は少し大きくなって、それからバラバラに溶けていったのです!これは、細胞の中のpH(ペーハー、酸性かアルカリ性かを示す値)が変わるためだと考えられています。ちょうど、お風呂の水に入浴剤を入れると色が変わるように、細胞の中の環境が変わると、CPEB4のふるまいも変わるのですね。
図2の説明: 上の写真は神経細胞が活動したときのCPEB4の変化を時間ごとに追った様子です。最初はたくさんの小さな水滴集団があったのに、刺激後にだんだん減っていくのがわかります。中央のグラフは細胞内のpHが変化する様子を示しています。下の写真とグラフは、pHが変わるとCPEB4の集まり方が変わることを示した実験結果です。
小さな部品「me4」が大切な理由
さて、ここで登場するのが小さな部品「me4」(エムイーフォー)です。これは、CPEB4タンパク質の中に含まれる特別な配列で、わずか24の塩基(DNAやRNAの構成単位)からなるマイクロエクソンです。
このme4が何をしているのかを調べるために、科学者たちはme4を持つCPEB4と持たないCPEB4を比較しました。すると、とても重要なことがわかったのです。me4は、CPEB4の水滴集団が「べたべたくっつき過ぎない」ように守る特別な鍵のような役割をしていました!
想像してみてください。水に溶けるチョコレートと、溶けないチョコレートがあるとします。me4があると水に溶けるチョコレートのように、CPEB4は必要なときに溶けることができます。でも、me4がないと溶けないチョコレートのように、固まったままになってしまうのです。
図3の説明: 上の写真は、me4を持つCPEB4(nCPEB4)と持たないCPEB4(nCPEB4Δ4)の様子を比較しています。下のグラフは、神経細胞が活動した後も、me4がないCPEB4は多くの場合溶けずに残ってしまうことを示しています。右側の写真は、顕微鏡で見た水滴集団の様子で、me4がないとくっつきやすくなることがわかります。
CPEB4の中には「くっつき部分」がある
なぜme4がなくなると、CPEB4が固まりやすくなるのでしょうか?科学者たちは、CPEB4の中に「ヒスチジンクラスター」(HClust)という特別な領域を発見しました。これは「くっつき部分」のような役割をしています。
通常、me4はこのくっつき部分と仲良く相互作用します。ちょうど、マグネットとマグネットの間に紙を挟むと、くっつかなくなるように、me4はくっつき部分同士がくっつくのを防いでいるのです。
でも、me4がなくなると、くっつき部分同士が直接くっついてしまい、CPEB4タンパク質が大きな塊になって動けなくなってしまいます。科学者たちは、このくっつき部分を取り除くと、me4がなくてもCPEB4が固まらなくなることを確認しました。
図4の説明: この図は、me4とヒスチジンクラスターがどのように相互作用するかを示しています。上の部分はさまざまな実験条件での結果を示し、下の部分では異なるCPEB4の変異体を使った実験結果を示しています。ヒスチジンクラスターを取り除くと(Δ4ΔHC)、me4がなくてもCPEB4が固まりにくくなることがわかります。
自閉症では「me4」が少なくなっている
科学者たちは以前の研究で、自閉症の人たちでは、このme4を持つCPEB4の量が少なくなっていることを発見していました。健康な人の脳では、約70%のCPEB4がme4を持っていますが、自閉症の人では約55%に減っています。
面白いことに、この減少は一見小さいように見えますが、大きな影響があります。科学者たちが実験したところ、me4を持つCPEB4の割合が約60%を下回ると、急にCPEB4が固まりやすくなることがわかりました。これは、ちょうど氷点下の温度で水が突然凍るのに似ています。
自閉症のマウスモデルでは、実際にCPEB4が脳の中で固まった塊になっていることが確認されました。これでは郵便配達員のCPEB4が仕事できませんよね。その結果、自閉症に関連する多くの遺伝子の発現に問題が生じてしまうのです。
図5の説明: この図は自閉症モデルマウスの脳を調べた結果です。上の部分は、CPEB4が固まった形で存在することを示す実験結果です。中央と下の部分の写真は、自閉症モデルマウスの神経細胞内でCPEB4(緑)が凝集塊(赤)として見つかることを示しています。
「特別なペプチド」で問題を解決できるかも?
科学者たちは、この問題を解決する方法も考えました。me4の配列を2回繰り返した特別なペプチド(小さなタンパク質の断片)を作ったのです。
このペプチドをme4が少ないCPEB4に加えると、くっつき部分同士がくっつくのを防ぎ、CPEB4が固まらなくなりました。まるで、壊れた鍵の代わりに新しい鍵を渡すようなものです。
これは将来、自閉症の新しい治療法につながるかもしれません。特別なペプチドや似たような働きをする小さな分子を使って、CPEB4が正しく働くようにする方法が開発されるかもしれないのです。
まとめ:この研究でわかったこと
- 脳の中にはCPEB4という「郵便配達員」のようなタンパク質がいて、自閉症に関連する遺伝子の発現を調節しています。
- CPEB4は通常、細胞の中で水滴集団(凝縮体)を作っていて、神経細胞が活動すると溶けて働き始めます。
- me4という小さな部品は、CPEB4が固まり過ぎないように守る役割をしています。
- 自閉症の人ではme4を持つCPEB4の割合が減少し、CPEB4が固まってしまうので働けなくなります。
- CPEB4の中のヒスチジンクラスター(くっつき部分)同士がくっつくと、CPEB4は固まってしまいます。
- me4はこのくっつき部分と相互作用して、CPEB4が固まるのを防いでいます。
- 特別なペプチドを使うと、me4が少なくても問題を解決できる可能性があります。
この研究は、とても小さな部品が自閉症のような大きな問題に関わっていることを教えてくれました。将来、この発見を活かして新しい治療法が開発されるかもしれません。そうすれば、自閉症の人たちの脳の中の「郵便配達員」が、また元気に働けるようになるでしょう。
原論文の引用情報
Garcia-Cabau, C., Bartomeu, A., Tesei, G., Cheung, K. C., Pose-Utrilla, J., Picó, S., Balaceanu, A., Duran-Arqué, B., Fernández-Alfara, M., Martín, J., De Pace, C., Ruiz-Pérez, L., García, J., Battaglia, G., Lucas, J. J., Hervás, R., Lindorff-Larsen, K., Méndez, R., & Salvatella, X. (2024). Mis-splicing of a neuronal microexon promotes CPEB4 aggregation in ASD. Nature, 637, 496–503. https://doi.org/10.1038/s41586-024-08289-w