体と耳で感じる振動の不思議
みなさんは、地面がゆれたり、大きな音を聞いたりすると、体で感じることができますよね。例えば、電車が近づいてくると、音が聞こえるだけでなく、地面のゆれも足で感じることができます。これは、わたしたちの体と耳の両方が「振動」を感じることができるからなんです!
今日は、体で感じる振動と耳で聞く振動がどのように脳で処理されるのか、その不思議なしくみについてお話しします。
振動を感じる2つの方法
わたしたちは振動を2つの方法で感じることができます。
- 耳で空気の振動(音)を感じる方法
- 体で直接触れるものの振動を感じる方法
これは、お母さんが呼んでいる声を「聞く」のと、お母さんが肩をトントンとたたいて呼ぶのを「感じる」のが違うようなものです。どちらも大切な情報ですが、感じ方が違います。
科学者たちは長い間、これらの2つの感覚は脳の中で別々に処理されると考えていました。でも、今回の研究でそうではないことがわかったのです!
体の「振動探知機」パチニ小体
わたしたちの体には、「パチニ小体」という特別な振動を感じるセンサーがあります。このセンサーは、特に速い振動(1秒間に40回から1000回振動するもの)を感じるのが得意です。
パチニ小体は、まるで地震を感知する「振動探知機」のようなもので、マウスの場合は足首や手首の骨の周りにたくさんあります。人間では、手のひらの皮膚の奥や関節の近くに存在します。
この振動探知機はとても敏感で、動物が立っている場所から数メートル離れたところで何かが動いただけでも、その小さな振動を感じ取ることができるんです!まるで、お部屋の隅でだれかがこっそり動いたのを、目をつぶっていても感じられるような優れものなんです。
脳の中の「振動情報センター」
さて、この体の振動探知機(パチニ小体)が感じた情報はどこへ行くのでしょうか?
科学者たちは、この情報が脳の「下丘外側皮質」(かきゅうがいそくひしつ)という場所に送られることを発見しました。難しい名前ですが、ここは本来、耳からの音の情報を処理する「聴覚中脳」の一部なのです。
これは、とても驚くべき発見でした!なぜなら、体で感じる振動の情報が、音を処理する脳の場所に直接送られているということだからです。
図1:LCICとVPLのニューロンは振動に対して異なる反応を示す
図1の説明: この図は、脳の2つの違う場所にある神経細胞が振動にどう反応するかを示しています。VPLという場所の神経細胞は低い振動(50Hz)に強く反応しますが、LCICという場所の神経細胞は高い振動(500Hz)に強く反応します。これは、トランポリンと固い床の違いのようなもので、トランポリン(VPL)はゆっくりした跳ね返りを、固い床(LCIC)は速い跳ね返りを得意とするのに似ています。
パチニ小体が感じる振動の秘密
科学者たちは、この「振動探知機」パチニ小体がどのように働くのか調べるために、パチニ小体がない特別なマウスを作りました。
その結果、パチニ小体がないマウスでは、下丘外側皮質の神経細胞が高周波の振動に反応しなくなりました。つまり、この振動探知機がないと、脳の振動情報センターは高周波の振動を感じることができないのです!
これは、地震警報システムのセンサーが壊れると、警報センターが地震を検知できなくなるようなものです。
図3の説明: この図は、パチニ小体がないマウス(Ret cKO)の脳の神経細胞が振動にどう反応するかを示しています。普通のマウスでは高い振動(右側)に強く反応するのに、パチニ小体がないマウスではほとんど反応しません。これは、テレビのアンテナが壊れると番組が見られなくなるのと同じで、振動を受け取るセンサーがないと脳に情報が届かなくなるのです。
耳と体の振動情報が出会うとき
さらに驚くべきことに、下丘外側皮質の神経細胞の多くは、耳からの音の情報と体からの振動の情報の両方を受け取っていることがわかりました!
科学者たちが目覚めているマウスで実験したところ、下丘外側皮質の神経細胞の約75%が、音と振動の両方に反応したのです。しかも、音と振動が同時に来ると、それぞれが単独で来るときよりも強く反応しました!
これは、学校で友だちから「こっちにおいで」と声をかけられながら手も振られると、どちらか一方だけのときよりも強く気づくのに似ています。脳は二つの感覚からの情報を組み合わせて、より強い反応を作り出しているのです。
図4:覚醒マウスにおけるLCICニューロンの聴覚-触覚の多感覚性
図4の説明: この図は、目覚めているマウスの下丘外側皮質(LCIC)の神経細胞が、振動(v)、音(s)、そして両方同時(vs)にどう反応するかを示しています。多くの神経細胞が両方に反応し、同時に来ると特に強く反応することがわかります(J, K)。これは、アイスクリームとチョコレートを別々に食べるより、チョコレートアイスクリームとして一緒に食べたほうがおいしく感じるのに似ています!
振動を避ける行動実験
科学者たちは次に、この下丘外側皮質が実際の行動にどう影響するのか調べました。
マウスを2つの部屋がつながった装置に入れ、片方の部屋の床だけを高周波(500Hz)で振動させました。すると、普通のマウスは振動している部屋を避けて、振動していない部屋にいることを好みました。
ところが、パチニ小体がないマウスや、下丘外側皮質の働きを止めたマウスでは、振動がある部屋を避けませんでした。これは、振動を感じる能力や、その情報を処理する脳の部分が働かないと、振動に対して正しく反応できないことを示しています。
面白いことに、下丘外側皮質の働きを止めても、マウスは冷たい場所や粗いザラザラした床は避けることができました。つまり、下丘外側皮質は「振動」という特別な感覚情報の処理に特化しているようです。
図6:高周波環境振動に対する行動応答を評価する行動パラダイム
図6の説明: この図は振動を避ける行動実験の様子です。普通のマウス(B-D)は振動している部屋を避けますが、パチニ小体がないマウス(E, F, I, J)はどちらの部屋にもほぼ同じ時間いることがわかります。これは、暗闇で懐中電灯を持っている人と持っていない人の違いのようなもので、感知能力がないと危険や不快を避けることができないのです。
図7の説明: この図は下丘(IC)の働きを止めたマウスの行動実験の結果です。下丘の働きを止めると(D, E, G)、振動している部屋を避けなくなります。しかし、ザラザラした床(H, I)や冷たい場所(J, K)は引き続き避けることができます。これは、地震警報システムが壊れても、暑さ寒さのセンサーは正常に働くのと同じです。
この研究はなぜスゴイの?
この研究の最も重要な発見は、体で感じる振動と耳で聞く振動が、脳の中で一緒に処理されていることです!
長い間、科学者たちは「触覚」と「聴覚」は別々のシステムだと考えていました。しかし、この研究により、両方の情報が脳の「下丘外側皮質」という同じ場所で統合され、より豊かな「環境振動」の感覚を作り出していることがわかったのです。
この発見は、様々な動物がどのように環境の振動を感じ、コミュニケーションをとり、危険を察知するのかを理解する手がかりになります。象は地面の振動を感じて、数キロ先の仲間と「会話」できるといわれていますが、それはこのシステムのおかげかもしれません。
また、聴覚障害を持つ人々が音楽を「感じる」能力を理解するためにも役立ちます。ベートーベンは晩年に耳が聞こえなくなりましたが、ピアノの振動を感じることで作曲を続けました。これは、聴覚と触覚の振動情報が脳の中で関連していることの証かもしれません。
まとめ:この研究でわかったこと
- 体にはパチニ小体という特別な「振動探知機」があり、高周波の振動を感じることができる。
- この振動情報は、本来聴覚(音)を処理する脳の場所(下丘外側皮質)に送られる。
- 下丘外側皮質の神経細胞の多くは、体からの振動情報と耳からの音情報の両方を受け取る。
- 音と振動が同時に来ると、神経細胞はより強く反応する。
- 下丘外側皮質は、高周波振動を避ける行動に必要である。
- 体で感じる振動と耳で聞く振動は、脳の中で統合されて環境の理解に役立っている。
原論文の引用情報
Huey, E.L., Turecek, J., Delisle, M.M., Mazor, O., Romero, G.E., Dua, M., Sarafis, Z.K., Hobble, A., Booth, K.T., Goodrich, L.V., Corey, D.P., & Ginty, D.D. (2024). The auditory midbrain mediates tactile vibration sensing. Cell, Published online December 18, 2024. https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.11.014